事故防止のヒューマンファクターズ・アプローチ-第一線からの防止対策の紹介-
【開催日】2010年12月5日(日)
【場所】大阪工業大学大宮キャンパス「1号館」
【記事担当】青木和夫(日本大学理工学部)
概要
- 主催
- 一般社団法人日本人間工学会,一般社団法人日本人間工学会関西支部
- 後援
- 横断型基幹科学技術研究団体連合
- 期日
- 2010年12月5日(日)15:00~17:00
- 場所
- 大阪工業大学大宮キャンパス 1 号館
〒535-8585 大阪府大阪市旭区大宮 5-16-1
講演プログラム
- 演 題
- 「ノーマルオペレーションから学ぶ -LOSA・TEM/CRM 訓練-」
阿部 啓二 (西日本旅客鉄道株式会社 安全研究所) - 演 題
- 「病院情報システム導入後の医療の変化 -医療安全の視点から-」
山口(中上)悦子,朴勤植,仲谷達也(大阪市立大学医学部) - 演 題
- 「原子力発電所の安全風土 -質問紙調査と現場調査を通して-」
福井 宏和 (原子力安全システム研究所)
公開講座の様子
日本人間工学会主催の公開講座が2010年12月5日(日)15:00~17:00に関西支部大会の行われている大阪工業大学1号館121教室にて開催された。今回は初めて関西で開催される公開講座であり、大須賀美恵子関西支部大会長の尽力により支部大会のプログラムの一部として実施できた。また、プログラムの企画は安全人間工学研究部会(芳賀繁部会長)が担当し、大阪大学大学院の臼井伸之介教授が中心となって企画された。
公開講座の開始にあたり、安全人間工学研究部会の幹事の一人である筆者が、公開講座の趣旨を述べ、初めて関西で公開講座を開催すること、安全が人間工学会の大きなテーマとなっていることなどを述べた。次に司会の臼井伸之介氏から、今回のプログラム企画の趣旨の説明と各演者の紹介があった。
最初の演題は阿部啓二氏(西日本旅客鉄道株式会社安全研究所)の「ノーマルオペレーションから学ぶ -LOSA・TEM/CRM 訓練-」であった。阿部氏は日本航空に勤務していた経験から、航空における安全管理についての講演を行った。まず、人間はエラーをするものであるという考えが浸透してきたことを示し、パイロットもエラーは避けられないことがテキサス大学の行動観察によって明らかにされたことなどを紹介した。特に離陸時の3分間と着陸時の8分間は魔の11分間と呼ばれ、また高度10,000フィート以下の状態をクリティカルフェーズと呼んで、エラーの起こりやすい状態であることを紹介した。このような状況下でパイロットの注意と時間を奪う可能性のある要素を「スレット」と呼んでいる。それでも事故が起きないのは、パイロットが様々なリソースを活用して、エラーの結果を修正したり、予防的な対処をしたりしているためであるとした。
TEMとは、スレットとエラーのマネジメントの略で、飛行クルーにおいてはブリーフィングやチェックリストを用いて行われていることが紹介された。また、LOSAとはパイロットの行動をオブザーバが観察することによって、スレットへの対処やエラーを記録する方法であるが、エラーを報告しないことを条件に労働組合にも協力を得て行っていることが紹介された。
次の演題は山口悦子氏、朴勤植氏、仲谷達也氏(大阪市立大学医学部)の「病院情報システム導入後の医療の変化 -医療安全の視点から-」であった。講演は大学付属病院の安全管理対策室の専任医師でもあり、臨床現場での安全対策に携わっている山口氏が、豊富な経験に基づいて講演を行った。
山口氏は病院の情報システムが医事会計システムから始まり、医師の検査や処方の指示を伝えるオーダエントリシステム、電子カルテなどに発展してきたことを紹介した。さらに、演者の勤務する大学病院の情報システムを紹介し、導入によるメリットとデメリットが何であったかを分析した。メリットとしては、年間約5,000件あるインシデントレポートのうち、指示エラーに関するものが半分近く減ったこと、薬剤の投与における患者の取り違えなどのインシデントレポートが減ったことなどが挙げられた。しかし、プログラムのバグが放置されたり、スクロールしなければならない画面が多すぎたり、文字が小さくて読み間違えるなどの問題も指摘された。特に大きなデメリットとしては、医師や看護師などのユーザの業務負担が非常に大きくなったことが指摘された。
最後の演題は福井宏和氏(原子力安全システム研究所)の「原子力発電所の安全風土 -質問紙調査と現場調査を通して-」であった。福井氏は、組織事故が問題となっている原子力発電所において、安全風土の調査を行い、その結果を紹介した。調査は25項目について5段階評価で、各職場ごとに行われた。質問の内容は(1)組織の安全姿勢、(2)直属上司の安全姿勢、(3)安全の職場内啓発、(4)安全配慮行動、(5)モラルの5つの分野に関するものであった。この結果、一般の社員と役職者の評価に差がないほうがよい職場であるとした。さらに、この調査の結果、評点の高かった職場を良好事例として「活動理論」を用いて分析を行った。その結果、協力会社からの改善の要望が多く出されるようになったことが明らかになり、その要因として、安全対策予算の増加や作業環境のリスクアセスメントの実施などが挙げられた。また、職場内教育として、「ニューシア」と呼ばれる原子力施設の運転情報サイトを用いた活動、定例ミーティングを少人数で行うようにした例などが良好事例として挙げられた。最後に福井氏は、このような安全風土評定システムが必要であることを強調した。
以上のように、航空、医療、原子力の各分野の安全管理の最新の情報が紹介され、予定の時間をやや超過したが、参加者は熱心に聞き入っていた。参加者は50名で、内訳は関西支部大会参加者20名、一般参加者30名であった。