1.4 対象を広く取るISOの人間工学

人間工学関連用語の整理は地味であるが人間工学の産業への普及をはかるためには最も重要な仕事の一つであるとのコンセンサスがISOにはある。そこで、審議する場所を従来のSC4/WG7から新設するSC1/WG3へ移すことがTC159総会で決まった。用語の仕事は非常に大事なのに誰も率先してやろうとはしなかった。そこで最も原理的な領域を扱うSC1に出番が回ってきた。SC1議長である Dr.Nachreiner は心理学ベースの人間工学者で熟達したTC159の議長でもあり相応しいアレンジである。

11月、韓国ソウル市で開催されたSC4 総会の機会に、早速TC159事務局DINの Mr.N.Butz 氏からISO/TC159/SC1/WG1担当の「作業システムの設計原則 (ISO6385)」改訂作業で提案された最新定義を披露された。それによると、

「人間工学は健康、安全、福祉、作業成果の改善を求めて作業、システム、製品、
 環境を人間の身体・精神的可能性と限界に整合させるため人間諸科学の知識を
 生成・統合する」

"Ergonomics produces and integrates knowledge from the human sciences to match jobs, systems, products and environments to the physical and mental abilities and limitations of people. In doing so, it seeks to improve health, safety, well-being and performance."

とある。人間の形態面と認知面を守備範囲とし、工業製品だけでなくシステム、作業、環境など産業・生活場面を区別なく広い視野でカバーしようと展望している。この定義は未だ議論が継続中であり、例えば、ドイツは人間諸科学だけでなく、諸工学も含むべきだと主張している。人間工学は単に知識の生成と統合だけで物やソフトウェアの設計に携わらないと云うのか、物足らない と云った批判もある。しかし、何もなかったところへやっとたたき台が出てきたのは議論が促進すること請け合いである。我々もぜひ積極的に議論に参加したい。

機を一にするかのように我が学会も今似た議論を展開中である。ISO/TC159に人間工学の定義が定まってない事情は学会の資格認定委員会が学会レベルで合意された人間工学の定義がない事に気が付いたのと時期的にも環境的にも類似している。人間工学専門士を認定の際、最低必要な専門知識の範囲を決定する議論でこの問題は顕在化した。日本人間工学会とISO/TC159 相互に定義検討の交流はお互いに参考になるであろう。

最近耳にする話であるが、日本の産業界特に電気・電子関連技術領域ではソフト関連のインターフェイス設計は人間工学の扱う課題ではないと信じている技術者がかなりおられるとのことである。人間工学は依然として今も椅子や机の寸法を扱う学問だという偏見である。これが著しい誤解であることはこの便覧を見ていただければ直ちに判っていただけるものと思われる。学会の役割とISO/TC159の役割は一体のものであり相互啓発で「1+1=2」ではなく「3」であると言った相乗効果のある関係が形成されることを期待している。


ISO/TC159 国内対策委員会
Last modified: Jun 12 1998