平成25年度東海支部総会 レポート

平成25年度東海支部総会が2014年5月31日(土)に名城大学サテライトキャンパスにて開催されました。

[1]平成25年度東海支部総会 15:00-15:30
  • 総会議題

1.平成25年度(一社)日本人間工学会東海支部活動報告(案)

2.平成25年度(一社)日本人間工学会東海支部決算報告(案)

3.平成26年度(一社)日本人間工学会東海支部活動計画(案)

4.平成26年度(一社)日本人間工学会東海支部決算計画(案)

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[2]特別講演 15:45-17:00
「三現(現地、現物、現認)による行動観察での商品企画検討について」
アイシン精機株式会社知的財産部部長 佐藤廣幸氏
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佐藤廣幸氏(アイシン精機株式会社知的財産部)

支部総会の後、特別講演としてアイシン精機株式会社知的財産部部長の佐藤廣幸氏に「三現(現地、現物、現認)による行動観察での商品企画検討について」と題し、ご講演頂きました。講演の前半では、アイシン精機における信頼性評価の特徴をご紹介いただきました。世界20ヶ国でグローバルにビジネス展開しているため、車両に用いられる部品は多様な環境・条件下で使われます。そのような利用状況に対応すべく、国内外に広大な試験場を作り、多様なテスト条件で信頼性の評価を行っているとのこと。また、官能評価を活用したユーザ視点での評価にも注力して製品の信頼性・品質の評価を行っていることを説明されました。

講演の後半では、エスノグラフィ(観察工学)手法を活用した行動観察の事例をご紹介いただきました。瀬戸内海にある男木島(香川県)では、現地の地理的条件などに合うように住民自らがシニアカーを改良して使っているという情報を入手した佐藤氏。すぐさま男木島の現地へ直接出向き、日常生活の文脈のなかでどのように使われているのかをつぶさに観察した経験を披露されました。人は見たいモノを見て、情報を無意識に取捨選択してしまうので、できるだけ先入観を持たないようにすることが重要とのこと。観察をする中で、観察者は自分の考え・仮説を当事者に尋ねて確認したくなるが、そのような介入をせずに自然な文脈での観察に心がけたそうです。実際に自分の目で見て、肌で感じないと分からないことが多いこと、すなわち、三現(現地、現物、現認)の重要性を説かれていました。島には高低差があり急斜面や狭い道が多く、トラック・車両を利用できない環境下であることは現地を訪問してみなければ決して分からなかったことです。そして農機具を運搬したり高齢者が島内で移動するためのモビリティを確保するために、住民自らが手押し車を改良しているという創意工夫・現場の知恵から、多くの製品開発アイディアを得たそうです。

photo03して、講演の最後では、現在の知的財産部の業務内容をご紹介くださいました。アイシン精機の製品・部品は日本車の世界市場拡大に伴い世界各国で使われています。製品がグローバル展開されているということは、一方では世界中で模倣品が出回るリスクもあるということです。佐藤氏は模倣品・コピー商品が実際に各国でどのように拡大しているのか、世界各国を訪問して実態調査をされてきました。例えば某国ではトヨタ車のハイエースが19人乗りのバンに改造され、アイシングループの主力部品のひとつでもあるオートマチックトランスミッション(AT)は真っ先に取り外され、マニュアルトランスミッションに改造されている実情を知ったそうです。同時にエアコンも取り外されているそうで、燃費を下げる要因は取り除かれる運命にあることを知り、経済・気候・環境・文化などの諸要因によって利用形態が多様であることをあらためて認識されたそうです。そして、中古車の拡大により、交換用部品(アフターパーツ)として多くのラインナップを持SONY DSCつアイシン精機製の模倣品が横行している現状を打破するためにとった行動に、会場にいた私たち聴講者は感心させられました。一般的には、模倣品に対しては知的財産権の保護を主張し、各国へ取り締まりの強化を要請するのが常道ですが、佐藤氏らは新興国では模倣品は正規品の20%のコストで製造・販売されていること、類似品なら価格の安い模倣品が選択される実態を真摯に受け止め、「低コスト化の技術」をコピー商品から学ぶという取り組みを試行されているそうです。まさに、現地でコピー商品がなぜ出回るのか、その実態と背景についてもつぶさに行動観察を応用されてきた佐藤氏ならではの発想の転換です。

ロンドン大学photo05の故ポール・ブラントン教授は人間工学アプローチの基本原理として、①直接観察,②科学的測定,③アスキングの重要性を提唱されました。そのような、直接現地に出向き利用文脈の中で製品がどのように使われているかを直接観察し、当事者から教わる姿勢は、人間工学者が常に実践しなければならない基本原理です。その原理は、単にモノ作りへ応用するだけではなく、新パラダイムによる知財マネジメントのあり方や企業戦略にも人間工学手法が応用できることを佐藤氏は示してくださいました。

人間工学応用の幅広さをあらためて認識するとともに、佐藤氏の洞察力の深さ、柔軟な発想力に多くの学びと刺激を頂くことができました。ビッグデータ時代の到来に伴い、人の行動記録・ライフログデータを活用したアプローチの人間工学応用が注目をされていますが、「現場を直接観察すること」の基本原理を我々は忘れてはならないことを再認識させられた講演でした。

榎原 毅(名古屋市立大学大学院医学研究科)