人間工学測定技法講座 第14回レポート

 

第14回:「労働安全保健における疲労マネジメントの基礎知識:夜勤交代制勤務を中心に」参加報告

■開催日時  2018524日(金) 16:3019:30
■開催場所  名古屋駅 オフィスパーク名駅プレミア会議室 307
■参加者   11名

講師プロフィール


榎原 毅
名古屋市立大学大学院医学研究科 講師
博士(医学)。名古屋市立大学大学院医学研究科満期退学。専門は産業人間工学・作業関連疾患予防策、産業疫学統計ほか。
(一社)日本人間工学会副理事長(2016-2018)・東海支部役員・人間工学誌副編集委員長ほか。

 

参加報告

名古屋市立大学 大学院 医学研究科 山本 孔次郎

1. はじめに

平成30年5月24日名古屋市内にあるオフィスパーク名駅プレミアホール会議室で行われた名古屋市立大学大学院の榎原毅講師による人間工学測定技法講座に参加した。第14回目となる今回の講座は「労働安全保健における疲労マネジメントの基礎知識:夜勤交代制勤務を中心に」と題して行われた。
講座の導入では、自動車製造現場における夜勤交代制勤務(夜勤)の欠勤率への対策を例に、PBL形式(課題解決型学習)により夜勤の必要性や欠勤の背景、対策についてグループワーク形式で話し合った。グループワークを通して様々な視点からの意見を共有することができたが、同時に対策を立てる上では、疲労に関する知見や人の特性など多くのことを知っていなければならないことを実感した。

今回の講座では、そのような疲労マネジメントの基礎知識を夜勤従事者の現状や研究に基づく知見に触れながら、学ぶことができた。以下に講座の要点をまとめる。

2. 労働安全保健における疲労マネジメントの基礎知識

1) 夜勤の有害性への対策方針
近年の研究により、夜勤によって引き起こされる様々な有害性が明らかになってきた。しかし、夜勤は多くの領域において重要なシステムであり、夜勤の必要性と夜勤従事者の健康・安全のバランスをとることが課題となる。この課題を考える上で大切となるのが、自助、共助、公助の「三助の原則」とリスク思考である。「自助」とは、自ら学び、自らを守ること、「共助」とは、互いに助け合うこと、「公助」とは、社会や組織が守ることである。また、リスク思考とは、「リスク=有害性の大きさ×発生確率」という考えを基に、リスクはゼロにはできないことを前提にし、有害性と発生確率の両側面からリスクを許容範囲内に収めるようにコントールすることである。この三助の原則とリスク思考を夜勤の有害性への対策として応用する。つまり、夜勤従事者自らがリスクを学び、同僚と助け合える環境を作り、組織が制度や労働環境を整備することでリスクをコントールする包括的な対策を行う。これが対策の基本方針である。

2) 最新の研究とエビデンス
夜勤と様々なアウトカムの関連は多くの研究で報告されている。ガンや心血管疾患などの健康リスクとの関連や、疲労に伴う事故や作業パフォーマンスの低下などの安全リスクとの関連に加え、近年は生活の質(QOL)の低下や社会コミュニケーション不足などの生活リスクとの関連も注目され始めている。
(1) 夜勤と健康リスク
IARC(International Agency for Research on Cancer)は2007年に夜勤による発がん性を、「Group 2A(おそらく発がん性あり)」と位置付けている。夜勤と乳がんの関連や夜勤と心血管疾患との関連はメタ解析も行われ、エビデンスが蓄積されつつある。しかし、有意差のなかった研究は発表されにくいといった「出版バイアス」などにより、異質性が高く一般化可能性は低いため、さらなる研究が必要とされる。
(2) 夜勤と安全リスク
夜勤と安全リスクは、多くの研究が疲労とパフォーマンスの観点で行われ、作業の時間帯が夜間である、作業時間が長い、作業の内容が単調であるといった要因によりエラーの回数が多くなることが明らかになっている。また、睡眠不足は酒気帯びと同程度の反応時間になることや、断眠による認知機能の低下からコミュニケーションにも障害が及ぶことが示唆されており、疲労が与える安全パフォーマンスへの影響を考慮した、疲労リスクマネジメント(FRMS)が近年注目されている
(3) 夜勤と生活リスク
近年では、疲労が社会生活やQOLなどに与えるリスクも注目されつつある。例えば短い勤務間隔時間(11時間未満)による睡眠不足は、勤務時の疲労に影響を及ぼすことや、勤務時の疲労は勤務以外の社会生活に影響を及ぼすことが明らかになってきており、勤務時間だけでなく、勤務間のインターバルを規制する考えも出てきている。労働と休息は相互に影響を及ぼしあうため、疲労と回復の両方から包括的に勤務時間を捉えることが重要である

3.考察と展望

本講座では、エビデンスに基づいた疲労マネジメントの基礎知識を学んだ。
夜勤の有害性が研究で明らかになってきており、社会がリスクを認知し対策を立てることが必要であるが、その有害性に対する根本的な解決策は見つかっていない。夜勤は医療や消防、交通、製造業、金融業、飲食業など公共性や技術性、経済性の観点から様々な社会ニーズに対応するために欠くことができないシステムであり、人の健康や安全を守るためであっても夜勤を減らすことは簡単ではないからである。しかし、労働人口が減少していく今後の社会において、現状の社会ニーズを満たし続けるのは困難であろう。社会インフラ、経済インフラの必要性を見直し、人間工学の「Fitting the task to the human(仕事を人に合わせる)」の視点から、社会ニーズと労働者の健康、安全との調和を図る必要があるのではないだろうか。
対策を考える上では、三助の原則に基づくことが必要であることも強調しておきたい。近年注目される働き方改革でも、長時間労働を是正するために様々な規制が整備されつつあるが、クラウドワーカーやフレックスタイム制など労働が多様化している現代では、すべての労働者に対応した規制を整備することはできない。「自助」の視点では、個人がインターネットを利用し、多くの情報にアクセスできるため健康や安全リテラシーを高め、「共助」の視点では、コミュニケーションツールを利用して互いに助け合うための情報共有を行い、「公助」の視点では、「自助」促すための制度上のインセンティブ提供や、情報共有をより簡単に行うシステム基盤の整備など包括的な対策が現代社会においては必要不可欠である。スマートフォンで個人の健康情報を管理できるサービスの利用や金融業で利用される機密性の高い情報を共有するシステムの応用なども対策として活用できるかもしれない。今後は個人だけでなく、組織や社会全体での取り組みにより、個々の働き方に合わせた対策をすることが必要になってくるだろう。
また、夜勤のあり方に関する対策思考型の研究や実践例が少ないことは課題である。社会ニーズが優先され、夜勤の健康影響については相対的に重要視されてこなかったことが理由の一つに挙げられるのではないか。社会のニーズと労働者の安全・健康の調和を図る研究のエビデンスを蓄積していくことにより、夜勤の適切なリスクコントロール策を社会に発信・還元することは重要な目標である。社会に夜勤のリスクが認知されることで、対策思考型の更なる介入研究・実践報告も出てくるだろう。このように、疲労マネジメントが理論だけでなく実戦知として蓄積されていくことに期待する。
最後に、本講座を通し多くの示唆を頂いた榎原毅先生、講座の運営をして頂いた名古屋工業大学の神田幸治先生に感謝の意を表す。

(本原稿は人間工学 vol.54(3):141-142, 2018をwebに再掲載したものです).

受講者アンケート結果

本日の講座に関するご質問・ご意見など(一部抜粋)

<受講生の声>
[講座についての質問、意見、感想]
・興味深いお話を伺えて,遠方から参加した甲斐がありました.夜勤交代制勤務の業種に関わっていることから,疲労に関して正しい知識を持たなければならないことを感じました.また,機会を得られるようでしたら参加させて頂きたいと思います.ありがとうございました.
・労働安全に対する様々な研究が伺え,これからの研究視点の一つになりました.ありがとうございました.
・後半のレクチャーのみならず,前半のグループワークのおかげで,より夜勤交代勤務の知見の理解が促されました.大変満足のいく講座でした.開催頂きありがとうございました.
・今回のような講義を今後も開催していただきたい.
・夜勤とがんの関連や障害について,学校教育などでは行われているのか? 行うと効果的ではないか.このような話が今後浸透してくると看護師のなり手や働き方(夜勤のある病院を選ばない)など,社会的な弊害も現れてきそうかと思いました.病院で働く身として,とても興味深く職員に周知したいところです.
・夜勤についての研究の大切さや課題を感じ,自身が関わっている夜勤についての研究へのモチベーションが上がりました.しかし知らない文献も多いことが分かり,勉強不足を感じました.頑張ります.
・疲労と関わるものについて,安全面でしか考えたことがなかったので,健康そして生活という労働者のパーソナルな部分にお関わる視点を新たに加えることが出来て良かったです.
・業務と生活のバランスについて,勤務間インターバルを今後どのように考えたら良いのか,実務など,今後の参考にしたいと思った.