日本人間工学会東海支部2019年研究大会開催報告

大会長 神田幸治(名古屋工業大学)

はじめに

2019年11月2日(土)に,日本人間工学会東海支部2019年研究大会が,名古屋工業大学(名古屋市)にて開催されました.当日は秋晴れの行楽日和に加えて,連休初日でもありましたが,東海地区のみならず,関東や関西など全国各地から多数の方々にご参加いただきました(学会員46名,一般非会員11名,大学院生・学生30名,計87名).プログラムは,午前中に一般演題4セッション,午後に特別講演1件,特別企画2件および一般演題4セッションで構成されました.なお,本大会は東海支部研究大会20周年を迎える記念すべき大会でありましたが,諸般の理由からコンパクトな運営を目指しました.

一般演題

一般演題では37件の発表があり,2セッションずつ同時並行で実施されました.プログラムの詳細は本大会Webページをご覧ください.セッションでは,東海支部で精力的に取り組まれている看護分野を中心として,労働や自動車運転などの様々な環境,支援システム,災害,デザイン,知覚認知など,バラエティに富んだ最新の研究が発表され,活発に議論されていました.いずれの演題も実生活に基づく最新の話題が取り上げられ,専門分野外の立場から聴講しても,非常に興味深い研究内容でした.セッション座長には,例年同様東海支部に所属する若手・中堅の研究者の皆様にご担当を依頼し,当日のセッションを円滑に進行していただきました.若い方々にセッションを盛り上げていただくのも,東海支部の特色です.

このうち1セッションでは,「海と人」をテーマとした海事人間工学研究部会企画を実施しました.本セッションでは,兵庫県立工業技術センターの才木常正氏を座長として,海事に関する4件の演題が発表されました.海事分野に携わらない研究者であっても,発表で紹介された方法論や分析内容には,その他の分野に適用可能な手法やヒントとなることも多く,本セッションは海事研究の理解に加えて,研究対象の広がりと研究方法の深さの双方を検討するよい機会となりました.

特別講演

特別講演では愛知工業大学教授仁科健氏をお迎えし,「統計学の不易流行~遺伝学データからビッグデータまで」の演題でご講演いただきました.ビッグデータやベイズ統計などが新たな潮流としてドラスティックに発展,展開する中,従来の推測統計や仮説検定,とりわけ有意性検定やp値に対する疑念と是非が議論される近年の統計学をどのように考えればよいかについて,仁科氏には品質管理統計,応用統計学をご専門とされる立場から,時折ユーモアを交えつつ,大変わかりやすくお話いただきました.
講演主旨については,統計分析手法の成立過程や考え方は,遺伝学,農業,工業,医学など,各統計学者の対象とするドメインの違いによって異なること, そのため分析手法もドメインごとに異なるのは当然であること,それゆえ限定されたサンプルサイズで統制された実験計画に基づくデータ分析に対しては,従来の有意性検定を否定することはないこと,などであると筆者は受け止めました(あくまで筆者の主観であることをご容赦ください).このことは,統計分析には新たな手法を導入する姿勢が必要であるものの,従来の分析手法を適用し続けてもよいという「不易流行」を認めてもらえたという点で,p値に基づく有意性検定を実施する機会が多い人間工学にとって,大変勇気づけられる内容であったといえるでしょう.ユーザーが単に分析手法として知っている(つもりになっている)統計学に対し,あらためてその成立過程を俯瞰し,各統計学者の立場の違いを明確にする機会が得られたという点でも,非常に有益な特別講演でありました.

特別企画

特別企画では,人間工学専門家認定機構/理化学研究所の福住伸一氏をお迎えして,「認定人間工学専
門家の紹介 -目指すビジョンの施策-」として,認定人間工学専門家の概要および現状と,今後のビジョンならびに施策についてお話しいただきました.その中で,望ましい人間工学専門家認定機構のビジョンとして,自身の能力を高めるために研鑽を重ねる姿勢をもち,人間工学を中軸とした総合的,学術的,実務的指導や,人間工学を導入してプロジェクト遂行に大きく寄与する資格者を輩出することが掲げられ,その達成のため,2019年8月にビジョン検討WGが設立されたことが紹介されました.その具体的な施策として,専門家が活躍できる場の提供,会員のレベルアップ支援,日本人間工学会内外への周知やアピールを通した新規会員の開拓,の3点が挙げられ,質の高い人間工学の普及のためにも,多くの方に資格を取得していただくよう要請がありました.本企画は昨年度の研究大会で実施予定でしたが,都合により中止となりましたので,本大会であらためて開催することで, 人間工学専門家認定機構の内容と認定人間工学専門家資格の将来や重要性が,多くの参加者の皆様に周知されました.資格制度については,今後の展開に期待したいところです.

並行して,筆者による日本人間工学会東海支部若手人材企画「人間工学実験前に確認しておくべきこと -湯船に入る前にはかけ湯をしなさい-」が実施されました.本企画は卒業論文や修士論文を執筆する学生を対象に,実験を正しく遂行するために知っておくべき約束事について,実験心理学の立場から解説した講座として開催しました.心理学を教える大学では心理学研究法を必修科目として学びますが,心理学を専門としない分野では,心理学実験手法について系統的に学ぶ機会はそれほど多くありません.そのため,会場には学生の方々をはじめ,学生を指導する立場の教員や企業の皆様にも多数ご聴講いただきました.

若手奨励賞

プログラムの最後には,一般演題より事前申請された研究発表18件を対象とした若手研究奨励賞の発表及び授与式がありました.最優秀奨励賞には立松大輝氏(三重大学大学院M1),優秀奨励賞には大西美佐希氏(三重県立看護大学B4)ならびに高橋実久氏(三重県立看護大学B4)の3名の方々が,東海支部長松岡敏生氏(三重県工業研究所)より授与されました.審査委員長白井克佳氏(アイシン・コスモス研究所)からは,今大会は各発表の得点差が僅かであり甲乙つけ難く,各研究発表の質が高かったこと,逆にいえばいずれも小粒にまとまっていたので,次大会では独創性の高い飛び抜けた研究発表にも期待したい,との講評がありました.
ここで,以前より各方面から問い合わせのありました若手研究奨励賞の選出基準について紹介します.若手研究奨励賞は,発表を聴講した複数の匿名審査者が,研究目的,方法・分析,考察・結論,独創性,表現の5項目について,それぞれ5点満点で評価し,その合計得点で審査する方法を採用しています.そのうち,最上位1名が最優秀奨励賞,次点以降数名が優秀奨励賞として表彰されます.アットホームな(しかしやることはしっかりやる)研究大会がウリの東海支部ですが,このように若手研究奨励賞は一切の忖度なく(当然袖の下もなく),きわめて厳正な審査に基づいて決定されています.受賞された皆様には,今後も自信をもって活躍していただきたいと願っています.また,次年度以降も,多くの若い方々が研究大会でご発表の上,若手研究奨励賞にチャレンジしてくださることに期待します.

懇親会

大会終了後は大学構内の大学会館カフェテリアに移動し,朝日大学の庄司直人氏による軽妙な司会進行のもと,懇親会が開催されました.懇親会には30名を超える方々にご出席いただき,煮物や天ぷらなど日本食を中心とした身体に優しい食事と(それに相反する)お酒が進む中,大会の内容を振り返るとともに,出席者同士の交流を深めました.

おわりに

非力な大会長ではありましたが,本大会は参加者の皆様のおかげをもちまして,盛会のうちに終了いたしました.大会開催に際し,実行委員会ならびに東海支部役員の皆様には多大なるご尽力をいただきました.また名古屋工業大学の職員の方々には,大会会場につきまして便宜を図っていただいたとともに,名古屋工業大学神田研究室の学生諸君には,当日の円滑な運営にご協力いただきました.この場を借りまして,皆様に深く感謝申し上げます.