特別企画講座 報告記事

 

日本人間工学会東海支部 特別企画講座「心理生理学 ~ひとの生理反応から分かること~」開催報告

■開催日時  201843日(火) 17:0019:30
■開催場所  JPタワー 5階 「ミッドタウン名駅」クリニック内 名古屋市立大学サテライトオフィス
■参加者   36名

開催報告

榎原  毅(名古屋市立大学大学院医学研究科)
加藤大香士(名古屋市立大学大学院芸術工学研究科)

産業医科大学産業保健学部教授/日本人間工学会PIE研究部会長の三宅晋司 先生を招聘し,日本人間工学会東海支部 特別企画講座「心理生理学 ~ひとの生理反応から分かること~」を2018年4月3日(火)に名古屋駅直結のJPタワー 5階にある名古屋市立大学サテライトオフィスにて開催しました. 

1.fight or flight(闘争か逃走か):人の情動興奮状態と生理反応

約2時間半に渡るご講義の前半は導入として,生理心理学/心理生理学の用語の使われ方について紹介頂きました.日本語ではpsychophysiologyの書籍は主に心理生理学あるいは生理心理学の名称で出版されています.英語では,psychophysiologyとphysiological psychologyと表現される2つの研究アプローチがあり,両者の違いは主に従属変数としてどちらに主眼があるのか,という点にあるそうです.すなわち心拍変動など生理的な反応を従属変数として扱う研究をpsychophysiology,心理的・行動的反応を従属変数として扱う研究をphysiological psychologyとしていますが,いずれもこころとからだの関係性の理解を探る学問領域であることを紹介頂きました.

そのような導入から,「手に汗握る」「背筋が凍る」「目は口ほどにものを言う」など,人間の感情変化と生体反応について,米国の生理学者であったW. B. Cannonが提唱した動物の恐怖反応として知られている「fight or flight(闘争か逃走か)」を取り上げ,情動興奮状態と生理反応の基本的な事例・具体例を基に分かりやすく解説頂きました.情動興奮状態にある動物は,瞳孔の散大,心拍数の増加,血圧の上昇,手掌の発汗などの生理反応が現れるので,そのような反応を測定する様々な機器についてもご紹介頂きました.このような生理反応を測定することにより,ひとの状態を定量的に評価・推定できるので,主にストレス評価,快適性評価,製品使用性の評価など,人間工学領域においても多く応用されていることを説明頂きました.

 

2.心拍変動性指標の原理と最新動向

後半は,生理指標として最も多く用いられている心拍変動性指標について解説頂きました.心拍変動解析に関する最初の論文は1973年のErgonomics誌に掲載されていることをご紹介頂き,心拍のR波の間隔(R-R間隔)を用いたスペクトル解析の原理について詳細に説明頂きました.

またデータの解釈の注意点として,R-R間隔の時系列データをスプライン関数により等時間間隔データに変換していること,不整脈等の異常値は補間の前に修正することなど,スペクトル解析の背景についても詳細に解説頂きました.更に,スペクトル解析で抽出される低周波成分(LF)と高周波成分(HF)の比であるLF/HF指標は交感神経活動の指標としてこれまでにも人間工学領域で多用されてきましたが,2010年頃からLF/HF指標の有用性についての再考がされているとの最新話題もご紹介頂きました.これは,LFが増加すればHFは低下するといった自律神経活動の拮抗性(シーソーのような関係性)が成立しているという前提でLF/HF指標を捉えていました.しかし,実際には交感神経・副交感神経が同時に亢進する事もあり,現在の研究ではLF/HF指標は交感神経活動の指標としては支持されていないという説明は,参加者の多くの方にとっても貴重な最新知見を学ぶ良い機会になったのではないかと思います.

3.参加者の声

参加者は東海地域のみならず,東京・大阪からも多数の企業・大学の方がお越し下さいました.当初の想定定員20名を大幅に超え,総勢36名の参加者で盛会となりました.

なお,今回のセミナー参加者構成は,大学関係者・大学院生のほか,企業の開発・研究所に勤務されている方が約1/3を占めていたのも特徴的でした.生理計測はセンサー技術の高度化・小型化・低価格化が進み,様々な新製品開発に応用が期待される技術です.医療・保健分野でのバイオフィードバック技術のビッグデータ解析の応用にとどまらず,交通・運輸安全への応用,生活空間での生理モニタリングなど,各企業が基礎研究を進めていることからも,とても関心の高いセミナー内容でした.初心者の方にとっては後半の心拍変動解析の話題は少し難しく感じたようですが,多くの参加者からは有益な講義であったとの好評価を頂きました.

4.東海支部主催セミナーについて

今回,日本人間工学会東海支部の特別企画セミナーとして実施しましたが,東海支部では定期的に「人間工学測定技法講座」を開催しています.実務者・初学者を対象に分かりやすく解説するシリーズ講座として2年前から開催し,既に13回開催しています.今年度は測定技法にとどまらず,研究の進め方や産学連携の進め方,最新の人間工学トピックスなど,幅広い内容を扱っていきますので,多くの皆様のご参加をお待ちしております.

なお,本企画は主催:日本人間工学会東海支部,共催:名古屋市立大学大学院芸術工学研究科環境デザイン研究所が実施し,名古屋市立大学大学院医学研究科・名古屋市立大学医療デザイン研究センター・日本デザイン学会バイオメディカルデザイン研究部会に後援頂きました.この場をお借りし,御礼申し上げます.