Vol.66 2021年12月24日
会報・人間工学専門家認定機構広報担当
目次
- コラム:安全を支える古くて新しい課題
- 報告:日本人間工学会ワーク・アーゴノミクス研究部会 セミナー 第1回 働く環境「照明」~あなたの仕事に適した照明とは?~
- お知らせ:産業標準化事業表彰を福住伸一前機構長が受賞しました
- 専門家の新規登録
- 認定状況
- CPE事務局より
コラム
安全を支える古くて新しい課題
澤 貢(鉄道総合技術研究所)
学生時代の専攻を活かして、鉄道のヒューマンファクターに関わる研究に携われたことは幸運でした。改めてこれまでを振り返り、今後の人間を対象とした研究のあり方について思いをめぐらせているところです。
鉄道の安全輸送は、運転士が乗務中に最良の心身状態を維持できることが一つの基盤となっています。そのため、運転士の勤務には、深夜乗務の制限や乗務時間の限度などの基準を設けて、乗務中の負担に対する配慮がなされています。しかし、新型車両の導入やダイヤ改正などによって、運転士の勤務が大きく変わった場合には、実際の勤務による負担が適正かどうかについて問題になる場合があります。
運転士の負担を捉える調査研究は、昭和30年代から継続的に取り組まれてきました。入社4、5年目に行われた運転士の勤務制度改正に伴う調査研究はとても印象に残っています。特徴のある線区に乗務する百数十名に及ぶ運転士を対象としたもので、休日から次の休日までの一連の勤務について、測定員が列車に乗務する運転士とともに行動し、乗務中の緊張の程度や単調、作業経過とともに蓄積される疲労及び在宅休養の効果について調査しました。自宅と睡眠以外のところは、測定員が運転士に常に付き添っているので、運転士がいつもと違った心理状態に陥らないようにすることが大事です。このような大規模な調査は、おそらく後にも先にもないでしょう。
私の研究の大半は鉄道の運転士を対象としたもの
ですが、平成8年のタイ・バンコクでのバス運転
手を対象とした負担調査も思い出深いものでした。
渋滞状況、運転時間の長さなどが運転行動に影響
を及ぼし、疲労の問題や安全教育の大切さを実感
するものでしたが、意欲高く楽しんで仕事してい
る様子は印象的で、文化的、社会的要因が重要な
役割を果たしていることを痛感するとともに、人
間を対象とした研究の難しさと面白さを知ること
ができました。
現在、研究室を離れて、研究支援に回っていますが、CPEの活動の火を絶やすことがないよう尽力するつもりです。
報告
日本人間工学会ワーク・アーゴノミクス研究部会セミナー 第1回 働く環境「照明」~あなたの仕事に適した照明とは?~
井出有紀子(NEC)
1.はじめに
近年、テレワークやオンライン授業が増加し、快適で効率的な仕事環境を自ら整えたり、人間工学専門家として、一般の方へ適切な作業環境についてアドバイスできたりする知識と技法を学ぶ場が必要と考えます。
そこで今回、ワーク・アーゴノミクス研究部会と「働く環境」についての連続セミナーを企画・共同で開催することにしました。今回は第1回目のテーマとして、「照明」を取り上げます。最近の照明に関する規格動向から、クリエイティブ作業に適した色味や明るさ、照明の適切な種類の開発経緯などについて幅広く、3名の方に講演していただきました。
参加者は、人間工学専門家を中心に日本人間工学会、日本色彩学会や一般の方など67名でした。
2.開催概要
【開催日】2021年12月15日(水)17:30~19:00
【開催形式】オンライン
【主催】日本人間工学会 ワーク・アーゴノミクス研究部会
【共催】人間工学専門家認定機構
【司会】青木和夫(日本大学)
【講演内容】
1.色彩と照明 大内啓子(色彩研究所)
2.仕事に合わせた照明の使い方 八木佳子(イトーキ株式会社)
3.視対象に合わせた文字の見やすい照明 松林容子 (パナソニック株式会社)
4.質疑応答
3.講演内容
3-1. 色彩と照明
大内啓子氏(色彩研究所)より、色彩全般の話と仕事の関係、規格動向などについての説明がありました。太陽光と人工照明では光の波長分布が大きく異なること(図1参照)や、光が少ないと作業効率の低下、視力の低下(目を近づけるため)があるとのことです。
また、JISZ9110:2010規格や、世の中の動向として、厚生労働省・都道府県労働局・労働基準監督署 2018年7月12日付け基発0712第3号に基づいて作成されたパンフレットには、規格内容の「机上300lx(ルクス)以上」が掲載されたなどの話がありました。また、最新動向としては、労働安全衛生法により制定している「事務所衛生基準規則」の2021年12月改正(1)に触れ、作業区分名が3つから2つに変更され、「一般的な事務作業は300ルクス以上」、「付随的な事務作業は150ルクス以上」になったとのことです。
さらに、LEDの普及により、今まで演色性 <標準変色評価数(Ra) >で80以上(Ra=100が理想)が良いと評価されていた演色評価数の疑問について専門的な説明がありました。LEDにもさまざまな種類があり、標準変色評価数(Ra)が70台の方が80台よりも赤色が鮮やかに見えるなどの現象が起きているからです。そして、最後にサーカディアンリズムや睡眠、覚醒、片頭痛にも影響するメラノプシン細胞について触れ、2014年にLucasらが提唱したメラノピック照度(サーカディアンリズムに影響する明るさを定量的に捉える単位)や、これらを考慮した照明の開発の必要性について語られました。
3-2. 仕事に合わせた照明の使い方
八木佳子氏(株式会社イトーキ)より、2014年に人間工学グッドプラクティスに登録された「クリエイティブ照明」(2)と、その応用・使い方についての発表がありました。
まず、光には2つの側面「明るさ」と「色味」があり、明るさと気持ちは連動すること、色味の数値(単位はK:ケルビン)が高いと冷たい印象で覚醒効果が高いことの説明がありました。この2項目を縦軸と横軸に取ると、通常、人にとって心地良いゾーンが中央付近にあります(図2参照)。しかし、このゾーンを出ない範囲で、あえて4象限に分類してみて各象限に適した仕事があるのかを18の形容詞対で主観評価実験を行いました。その結果をもとに照明モードに命名をしたのが図3となります。「イキイキモード」は集中・発言しやすいクリエイティブな作業に、「パキパキモード」は覚醒度が高く短時間でまとめる作業に、「ユッタリモード」は心地よくリラックスする作業に、「ニュートラルモード」は特に特徴的な傾向はなく従来の仕事の仕方であるひとりで集中する作業に適していることがわかりました。
さらにグローバル基準でもあるWELL認証(3)(人々の健康とウェルネスに焦点を合わせた建築や街区の環境の性能評価システム)を取得したオフィスについても言及し、1日をサーカディアンリズムに合わせて光を使い分けることや、時間帯に適した仕事の内容の提案がありました。例えば、昼間にあえて窓の近くでワークをすることで日中の体のリズムが整うことや、夕方からパキパキモードにして「売上確認会議」などをすると覚醒してしまうので実施しない方が良いなどです。
3-3. 視対象に合わせた文字の見やすい照明
松林容子氏 (パナソニック株式会社)より、白い紙に印刷された文字が見やすい照明と、ディスプレイに表示された文字が見やすい照明の発売に至った実験結果についての説明がありました。
人が物体を認識するためには、「光(照明)」「物体」「観察者」によって決まります。紙媒体において、照明の光色によって白さ感を変化させられるのではないかという仮説の元、白色に注目して実験をされました。主観評価の結果から、文字のよみやすさ感の高い光色6200 K(ケルビン)を導出しました。さらに北里大学との共同研究で、実空間で5000Kと6200 Kのコントラスト感度視標を用いた正答率の比較検証とアンケートをしました。結果、ここでも6200 Kの方が見やすいという検証結果を得ることができ、商品化しました。
次に、ディスプレイに表示された文字に関しては、黒部分が環境光によって変化することから黒色に注目して実験を進めたそうです。色温度5500Kから6500K近傍の光源がその光源の知覚色と知覚的無彩色とのズレが最小ということが知られており、知覚的無彩色光に感じる光は、黒体放射軌跡よりも下側(Duv負側)にあるのではないか?という仮説の元、2014年当時としては珍しい実環境の部屋を独自に構築して実験を行いました。Reference光を5000K Duv0、Test光を色温度(3000K~6500K)、Duv(-6~2)として、黒さ感や白さ感、文字のよみやすさ感を評価しました。その結果、図4のように、5000k Duv-4が最も数値として高いことを導出し、さらに北里大学との共同研究で、汎用的に使用されている5000K Duv2に対して、5000K Duv-4が視力応答速度が早いこと、視距離維持率が高いことを明らかにし、パソコン作業に特化した照明商品として発売しました。
4.アンケート結果
アンケート回答51名からは、「全体の満足度」は「大変満足した」から「全く満足しなかった」の5段階評価で、「5」が8名15.7%、「4」が35名68.6%、「3」が8名15.7%、と4と5を合わせて43名84.3%の方から好評価をいただきました。
コメントとしては、「勉強になりました」という声を多数、「非常に豪華な内容でした。お三方の内容1つずつで1時間半でも足らないぐらいの内容だったのではないかと感じました。」や「用語が専門的でしたが、一般の人にも興味持てる内容でした。一般の方にも広く参加いただける工夫をしていくべきだと感じました。」などありました。充実した内容、かつ理解しやすい内容だったのではないかと考えられます。一方「質問の回答もいいが、意見交換の時間があってもいい気がした。」いう声もあり、今後の運営につなげていきたいです。
5.おわりに
近年、テレワークやオンライン授業が増加し、快適で効率的な仕事環境を自ら整えたり、人間工学専門家として、一般の方へ適切な作業環境についてアドバイスできたりする必要があると考え、今回のセミナーの企画・開催となりました。今後は、「働く環境」のシリーズとして「腰痛・肩こりの防止」「椅子、机」「パソコンと周辺機器」「時間管理」「音響」「家族関係」などのテーマで開催する予定です。
参考サイト
1.厚生労働省「事務所衛生基準規則及び労働安全衛生規則について
2.グッドプラクティスデータベース一覧 | JES 一般社団法人 日本人間工学会 -Japan Ergonomics Society-
3.WELL認証とは | Green Building Japan (gbj.or.jp)
お知らせ
経済産業省 産業標準化事業表彰を福住伸一前機構長が受賞しました
経済産業省が実施している産業標準化推進活動に優れた功績を有する方を表彰する「産業標準化事業表彰」において、福住伸一氏が受賞しました。
ISO/TC159(人間工学)/SC4(人とシステムとのインタラクション)及び ISO/IEC JTC1(情報処理)/SC7(ソフトウェア工学)において、人間工学の基本である方向通則及びユーザビリティに関するWG の国際コンビーナ、使うことによる品質(利用時品質)に関する ISO 規格のチーフエディタに就任し、アクセシビリティ規格の JIS の国際提案と、常に産業規格に対してユーザ視点を取り込むことに務め、製品やシステムのユーザビリティ向上に貢献。また、5 件の人間工学 JIS の原案作成及び広報を推進し、国際規格の日本国内への普及に貢献してきたことが評価されました。
・経済産業大臣表彰 福住伸一氏(理化学研究所)
■経済産業省HP、令和3年度産業標準化事業表彰 受賞者https://www.meti.go.jp/press/2021/10/20211019001/20211019001.html
専門家の新規登録
(50 音順、敬称略)
- 認定人間工学専門家
(2021年11月1日認定)嶺野あゆみ、山下紗恵子 - 認定人間工学準専門家
(2021年8月1日認定)加藤汰一、蔵谷正人、佐藤航大、鈴木舜也、中村鴻成、馬渡望、諸麦克紀、吉岡愛美
(2021年10月1日認定)奥一夫、小澤佑花、門脇駿太、常見麻芙、旗生智、松崎一平、山本瑛士
認定状況
2021年12月20日現在(2021年4月1日からの人数増減)
- 人間工学専門家 209名(- 2名)
- 人間工学準専門家 168名( + 13名)
- 人間工学アシスタント 16名(+ 2名)
- シニア人間工学専門家 12名(- 1名)
CPE事務局より
先日ある委員会に参加した際、初めに他己紹介をするという取り組みがありました。まず3人ほどの小さなグループに分かれ自己紹介をした後に、全体で他己紹介(他の人を紹介する)をします。他の方の紹介を丁寧にしようとする皆さんも素敵でしたし、趣味や最近興味を持っていることといった委員会とは一見関係のない内容を知ることもでき、ぐっとその方に親しみを持つことができ、その後のメールでのやり取りもしやすくなりました。会報もそのような交流の架け橋の一つになるといいなぁと願っています。2022年は皆様と交流できる機会が増えると嬉しいです。(CPE事務局 西原彩)