会報・人間工学専門家認定機構 Vol.59
Vol.59 2019年5月1日
会報・人間工学専門家認定機構編集委員会
- 目次
- 専門家からの報告
腰のアシスト装置の開発 - 寄稿(ご本人による第8回CPEセミナー講演録)
三菱電機における人間工学研究の取り組みについて - 報告
人間工学専門家交流会(CPE サロン)開催報告 - 報告
準専門家周知ポスターに取り組んで - 報告
平成31年度 総会・講演会 - お知らせ
- 専門家の新規登録(50 音順、敬称略)
- 認定状況
専門家からの報告
腰のアシスト装置の開発
池浦良淳(三重大学)
私は、機械工学、とりわけロボット工学を専門としており、学生の頃、人間工学にも興味を持ったことから、人間とロボットの関わり合いの研究を行って参りました。その中で、現在取り組んでいる腰のアシスト装置についてお話をしたいと思います。
近年、体につけて作業をアシストするロボットや装置の開発が盛んになり、いくつかは販売されるに至っています。筆者も腰をサポートする装置の開発を行っています(図参照)。これは、背中から足まで弾性材を配置することで、その曲げ力より腰回りのトルクを発生させて、腰の負担を軽減するものです。装置を開発する上で、筋骨格系への負担を調べて来ました。それに伴って、アシストロボットや装置の利用には危険も伴うことが分かってきましたので、ここでご紹介したいと思います。
筆者が開発中の腰のアシスト装置
ご存じのように、体幹は背骨で支えられ、腹筋と背筋で姿勢を保っています。ここでは、わかりやすくするため、筋や骨の専門的な用語は使用しないこととします。腰を曲げて体を前に倒すと背筋が筋力を発揮して体を支えますが、同時に背骨にも力が加わり椎間板を圧迫します。重量物を持って前傾姿勢を取ると、何も持たないよりも背筋はさらに大きな筋力を出すため、背骨の椎間板は大きな圧力で圧迫されます。体に装着して腰をサポートするロボットや装置は背筋の負担を抑えることができても、椎間板への圧迫力を減少させることはできません。ただし、背中に沿ってゴムで引っ張るタイプの支援よりは筆者が開発している腰回りのトルクで支援するタイプのものの方が椎間板への圧迫力は少ないことは分かってきました。また、コルセットのように腹部を圧迫させて腹圧を上げることによって椎間板の圧迫を軽減することも可能ですが、腹部を圧迫するのは辛いことでしょう。もちろん、ガンダムのようなロボットに乗り込んでロボットを操縦するタイプであれば上記の問題はありませんが、実用的ではありません。背筋の痛みは負荷がかかると分かりますが、椎間板は損傷しないと現れないことが多いようです。そして、椎間板の損傷による腰痛は、背筋よりひどくなり、治療も容易ではありません。
以上を考慮しますと、体に装着するタイプのアシストロボットや器具は、椎間板への圧迫力を軽減できないので、過信して使いすぎないことが重要と考えられます。アシスト器具を使わなければ、背筋の痛みから自ずと無理な運動を控えます。しかし、アシストされていると背筋の痛みはあまり感じないため、椎間板に過大な圧迫がかかっていたとしても無理に運動をし続けて椎間板を損傷しかねません。その様なことから筆者は、アシストロボットや器具を重量物の運搬作業に使うべきではないと考えております。例えば、長時間前傾姿勢を取らなければならない作業などの背筋のサポートをする程度にとどめるべきと考えています。ただし、背筋のみならず体に負担なく椎間板圧迫力も軽減でき、簡単に装着できるアシスト装置が開発できれば話は別です。その様なアシスト装置が登場することを願ってやみません。
執筆者自己紹介
池浦良淳:1991年東北大学大学院博士課程修了。2007年三重大学大学院工学研究科教授となり現在に至る。人間とロボットの協調制御、ドライバーの運転アシスト、パワーアシスト装置の開発などの研究に従事。
寄稿(ご本人による第8回CPEセミナー講演録)
三菱電機における人間工学研究の取り組みについて
城戸恵美子(三菱電機デザイン研究所)
今日は、当社の人間工学研究の取り組みとして、ユーザビリティ評価の活動についてご紹介します。人と人工物の相互作用をヒューマンインタフェースと呼び、そのやりとりのしやすさがユーザビリティです。当社では、ヒューマンインタフェースを物理的な側面、認知的な側面、感性的な側面の3つに分けており、これら全てをユーザビリティ評価の対象としています。設計者の意図とユーザのメンタルモデルの間に食い違いが生じると、ユーザは使いにくいと感じます。使いやすくなくてはせっかくの機能が活かされません。製品開発のさまざまな段階で、第三者による客観的な評価を実施し、ユーザビリティをブラッシュアップさせます。ユーザビリティ評価には、わたしたちユーザビリティエンジニアだけではなく、営業や設計者、デザイナーなどさまざまな立場の関係者が参加しています。
最近のユーザビリティ評価事例として、エレベーターのユニバーサルデザイン機能の開発とユーザ評価の取り組みについてご紹介します。
オフィスビルが高層化し、特定の時間帯にエレベーターの利用が集中しています。同じ階に行く人を、同じエレベーターに割り当てて停まる階の数を制限し、待ち時間と乗車時間を短縮することで運行効率を向上させるエレベーターが開発されました。エレベーター行先予報システム(Destination Oriented Allocation System =DOAS)と呼んでいます。DOASは操作盤がエレベーターホールにあります。エレベーターに乗る前に何階に行くかを登録し、割り当てられたエレベーターに乗ります。
まず、サポート機能の開発についてご紹介します。乗場操作盤から近いエレベーターと空いているエレベーターを割り当てる機能です。従来のエレベーターにおける身体障がい者にとっての問題点を抽出し、DOASならではの制御で改善できることがないか検討しました。そして、身体障がい者は、多少待ってもよいので、近くて空いたエレベーターに乗りたいという仮説を立てました。身体障がい者6名を対象とした予備調査を実施し、実際にDOASを利用して、早い・近い・空いているという3つの条件に優先順位をつけてもらいました。視覚障がい者と下肢障がい者が早く移動することよりも、近くて空いているエレベーターに乗りたいという要求があることがわかりました。
次に、3つの条件の具体的な要求値を、実験により明らかにしました。実験参加者は身体障がい者21名で、内訳は視覚障がい者10名、車いすユーザ5名、自力で歩行できる下肢障がい者5名、ペースメーカを付けている内部障がい者1名です。その結果、エレベーターホールで乗場操作盤を操作した後に振り返ると、視覚障がい者は方向感覚が狂うこと、自力歩行者はバランスを崩すことから、乗場操作盤の両隣のエレベーターを割り当てるとよいことがわかりました。さらに、乗車率や待ち時間の目安を明らかにしました。例えば、待ち時間の許容値は60秒でした。わたしたちは60秒を長待ちの基準時間としています。障がいの有無にかかわらず、長く待つと感じる時間は同じであることがわかりました。
次に、DOASの視覚障がい者向け誘導音の開発についてご紹介します。誘導音は2種類で、視覚障がい者に乗場操作盤の位置を知らせる音と、どのかごに乗ればよいかを知らせる音があります。JIS T 0902 : 2014 高齢者・障害者配慮設計指針-公共空間に設置する移動支援用音案内-に則って作成しました。このJISでは、1フレーズは5秒以内、フレーズ間の無音区間は2秒とすることなどが規定されています。
開発過程では、視覚障がい者(延べ20名)を対象とした実験を3回実施しました。まず始めに、既存の音を使って誘導音の有効性を調査しました。その結果、全盲の方は誘導音を頼りに移動すること、弱視の方は補助的に誘導音を使うことが確認できました。次に、オリジナルの誘導音を作成し、その有効性を確認する実験を実施しました。すると、2種類の音が1つの音に聞こえてしまい、割り当てられたエレベーターに移動できないという結果となってしまいました。そこで、2種類を弁別しやすくするために、構成音や鳴動パターンを変えるなどして、再度検証実験を実施しました。その結果、今度は割り当てられたエレベーターに移動できることが確認できたため、誘導音を製品化しました。製品化後にも検証実験を実施しました。誘導音がある場合は、迷わず割り当てられたエレベーターに移動することができました。一方、誘導音がない場合は、少し行き過ぎて戻る方がいらっしゃいました。
これらの実験を通じて、DOASは身体障がい者の方に利用しやすいシステムであることがわかりました。エレベーターに乗る前に行先階を登録するので、自分のペースで操作ができることや、事前にどのエレベーターに乗るかを指示されるので、エレベーターが来る前に移動して待っていられることが評価されました。
【質疑】
Q.誘導音が同時に鳴ったら混乱しないか。
A.同時に複数の視覚障がい者が階床登録した場合は、同じエレベーターに割り当てる仕様。
Q.適切なタイミングでユーザテストが実施できないのが悩み。設計や品証の担当者への意識付けや連携はどうしているか。
A.設計や品証との連携は当社でも課題。同じ依頼元でも、担当者が替わると振り出しに戻る。地道に信頼関係を築くようにしている。
Q.社内モニター制度はあるか。
A.社内モニター制度はなく、実験ごとに社員に個別に依頼する。最近は調査会社を通して、一般のモニターに参加いただくことが多い。
Q.CPEをどのように利用しているか。
A.社内でも初めて仕事をする人とは名刺交換をする。名刺に書かれた「認定人間工学専門家」の文字が話題になる。人間工学をバックボーンとしていることを示せることは、大きなメリット。
【関連論文】
城戸 恵美子・新垣 紀子・青山 征彦・谷川 健二.エレベーター行先予報システムのユニバーサルデザイン.ヒューマンインタフェース学会論文誌.2019,21(2),[印刷中].
城戸恵美子・山崎友賀・稻田雅之.“エレベーター行先予報システムにおける誘導音の開発”.日本福祉のまちづくり学会第21回全国大会(関西大会).神戸市,2018-08-09/10.日本福祉のまちづくり学会,2018,p.277-280.
報告
人間工学専門家交流会(CPE サロン)開催報告
内田優雨(株式会社ディー・エヌ・エー)
2019年2月26日(火)芝浦工業大学(芝浦キャンパス)にて、人間工学専門家交流会(CPE サロン)が開催されました。今回は、サロン設立の目的に相応しい「専門家の活動から学ぶ~失敗は成功の母~」をテーマに3名の登壇者が発表を行い、活発な議論や意見交換が繰り広げられました。
トップバッターの白石葵氏(博報堂アイ・スタジオ)からは「UXをテーマに社内起業した1年半で学んだこと」のタイトルで、新規事業における失敗談として、社内ベンチャーで新たなコミュニケーションビジネスを始めてから、終了の判断が下されるまでのエピソードをご紹介。オーナーシップ・リーダーシップ・チームシップのどれが欠けても上手くいかないという事業の難しさを、具体的な事例だからこそ生々しく感じる内容でした。
続いては鈴木浩之氏(日立製作所)より「医療機器の利用に関する話題提供」として、国内製品の輸出も海外製品の輸入もどちらも活発なグローバル流通製品ならではの悩みをご紹介。製品の改善やガイドラインの整備だけでは限界がある状況に対し、時代に応じた新たな常識を作り出す取り組みとして活動そのものを再定義された経験から、常識とは何かを常に考えることが私達の活動における成功の母(か父)なのではないかと考えさせられました。
最後に中川千鶴氏(鉄道総合技術研究所)による「振動乗り心地評価法 ―研究成果を現場が喜ぶ形にする―」では、評価法を刷新するなかで、現場を深く知りコミュニケーションを重ねることで、最終的な目的である乗り心地対策に活用された道のりをご紹介。評価法だけでなく運用も含めてアップデートをしなければ価値創出に繋がらない点は、人間工学の研究活動における目的ベース思考の重要性を改めて認識させられる事例でした。
各発表への質疑応答の後は、参加者各位からの自己紹介や日頃の活動についての簡単な報告などが行われましたが、大学や研究機関をはじめ、メーカー、ITサービスなど様々な業界に所属している専門家が一堂に集合するサロンですので、あっという間に終了時間が訪れてしまい、そのまま懇親会にて延長戦の場が繰り広げられたのは言うまでもありません。
このように、サロンは、学会のようなややお堅い一方通行の発表の場というよりも、お互いの深い知見が展開されるコミュニケーションの場としての側面が強いですが、これは幅広い専門性や経験から構成されている団体ならではの醍醐味なのではないでしょうか。特に、ご自身の活動をあえて失敗例として分析し発表して頂いた経験は、参加者全員の成功に寄与する財産として共有されたのでないかと思います。
報告
準専門家周知ポスターに取り組んで
山本雅康(ボッシュ株式会社)
2019年CPE総会において、ようやく完成した新準専門家周知ポスターのお披露目を終えた。従来使用していた認定制度周知ポスターは、開発から長い時間が経っていたことから、記載情報、イメージ更新の必要性が高まっていた。今回は、若年会員強化の課題が加わり、準専門家にフォーカスを当てたポスター開発を行うことになった。
一昨年夏頃からの、目標はあるが辿る道筋を模索していた時期を入れると、まる2年かかったが、機構としては初の2つのことを盛り込みつつ開発を行った。1)デザイン公募および、2)プロデザイナーによるアシストである。公募は、プロセスが見えることと、対象者である大学生の感性の助けを借りることが目的であった。プロによるデザイン・アシストは、入賞作品を、基本を押さえたアップ・トゥ・デートなポスターデザインとして完成させるために追加した。お手伝いいただいた(有)ボールドグラフィックの澤田明彦氏は、大学の広報物のデザインも多数手がけており、最適な人選となった。
公募は、昨年後半に全国の大学生から応募いただいた中から、人間工学を現在的に解釈しオーソドックスな構成の作品で表現された日本大学の西澤優里さんの作品となった。年が明け、澤田氏から西澤さんに計4回に渡り、視覚要素のシンプル化、優先順位に応じた文字サイズ調整、アクセント要素の追加の指示をいただいた結果、バランスの良い、スッキリしたポスターに仕上がった。
最後に、今回のポスター開発を担当させていただくに当たって、個人的に以下の3つの目標を設定していた:
- ・埋もれないデザイン
- ・当機構認定制度に対してよりポジティブな興味喚起
- ・安心感・安定感の提供
これらの結果に関しては、今後フィードバックを待つとして、会員の皆様におきましては新ポスターのせいぜいのご活用をお願いしたい。
また、ポスター完成にご協力いただいた西澤優里さん、澤田明彦氏に、感謝の意を表したい。
報告
平成31年度 総会・講演会
4 月17 日(水)、中央大学駿河台記念館(東京都千代田区)にて、平成31 年度総会・講演会が開催され、一般の方5名を含む40名の方が参加しました。講演会では、福岡曜氏(アバナード株式会社)から「これからの人間工学コミュニティに望むこと -社会トレンド、ビジネストレンドの観点から-」、易強氏(静岡工業技術研究所)から「公設試験研究機関における人間工学による企業の製品開発支援」というテーマで、ご講演いただきました。次号に講演概要を掲載します。
総会では、平成30 年度の事業報告と収支決算・監査報告、平成31年度の事業計画案と予算案、シニア専門家制度新設に伴う規約の改定が承認されました。
また、福住機構長から「人間工学専門家認定機構(CPE-J)の目指す方向性」についての提言がありました。まず検討の背景が説明され、続いて「CPE-Jのビジョン(案)」が施策とともに示され、総会参加者からの意見や質疑を経て、ビジョン(案)の方向性が承認されました。今後、人間工学会大会でもこの案を示し、様々な意見を伺い、ビジョンを確定していくとのことです。
CPE-Jのビジョン(案)
「CPE-Jは、教育機関・研究機関・営利事業体などさまざまな組織・領域の人間工学の専門家から構成されており、その構成員(有資格者)の目指すところは、①各々の専門分野において自らの能力を高めるために研鑽を重ねる姿勢をもった人に加え,②人間工学を中軸とした総合的、学術的、実務的指導や、全体を俯瞰した視点から人間工学を導入してプロジェクトの遂行に大きな寄与ができる人とする。機構としては、新たに,前記②のタイプの専門家を育成・研鑚できる仕組みを構築・提供するする機会を提供することに取り組み、専門家の立場から人間工学を普及・発展させる。」
●お知らせ
今年は、国際人間工学連合(International Ergonomics Association)創立60周年に当たります。期間限定の60周年ロゴが作られました。
https://www.iea.cc/
●専門家の新規登録(50 音順、敬称略)
-
【認定人間工学準専門家】
(4月1日認定)冷水孝嘉、溝越恭平 -
【認定人間工学アシスタント】
(4月1日認定)高橋伸
●認定状況
2019年4月1日現在(1年間の人数増減)
- 人間工学専門家 223名(+16名)
- 人間工学準専門家 123名(+11名)
- 人間工学アシスタント 13名(+1名)
- シニア人間工学専門家 8名(新規)
○会報、編集委員会へのご意見、情報提供は
-
e-mail:cpenewsletter@ergonomics.jp
〒107-0052
東京都港区赤坂2-10-16 赤坂スクエアビル2F 日本人間工学会事務局
会報・人間工学専門家認定機構編集委員会 -
【編集委員会】
松本啓太(編集委員長)、青木和夫、城戸恵美子、斉藤進、福住伸一、藤田祐志、吉武良治、鰐部絵理子 -
【会報バックナンバー】
https://www.ergonomics.jp/product/newsletter.html