会報・人間工学専門家認定機構 Vol.58
Vol.58 2019年2月1日
会報・人間工学専門家認定機構編集委員会
- 目次
- 機構長から
再任のご挨拶 - 専門家からの報告
現場と開発と営業をつなぐ大切さ ~ 介護浴室開発を例として ~ - 専門家からの報告
イノベーティブな商品開発の中で - 報告
第8回CPEセミナー参加記 - お知らせ
準専門家資格ポスター - 専門家の新規登録(50 音順、敬称略)
機構長から
再任のご挨拶
第8期機構長 福住伸一(理化学研究所)
2018年4月の総会で前期に引き続き第8期の機構長に再度任命されました福住です。ご挨拶が大幅に遅れてしまったことをお詫びいたします。ご存知の方もいらっしゃるかと思いますが、4月の総会で機構長に再選されたあと、7月にフィッシャー症候群というめずらしい病気を発症し、しばらく入院を余儀なくされました。多くの方にご迷惑、ご心配をおかけしたことをお詫びいたします。この病気は症状もまちまちなのですが、私の場合は、眼筋麻痺(目の焦点が合わない)、顔面筋麻痺(口がうまく動かせず、しゃべれない)、運動神経障害(歩けない)、という症状で、しばらく車椅子で生活しておりました。また、退院後も片目でモノを見て、杖を使って歩くという状況でした(今もそうですが)。この生活の中で、改めて人間工学/人間中心設計の重要性を再認識いたしました。少しの段差で車椅子は進めないのはもちろんのこと、目の焦点が合わないことによる奥行き知覚不全から、階段からの転落も経験するなど、いかに身近な環境がアクセシビリティに対応していないのかを実感しました。一方、このような状況の中でイギリスやオーストラリアに何度か出張したのですが、人によるサポートが自然となされることに気づきました。普通にスーツケースをもってくださる、席を譲ってくださる、声掛けしてくれる、など、日本ではあまりなかったことが経験できました。このようなことは人工知能での解決は不可能ではないかもしれませんが、「人間」が見えることが重要ですね。そのための支援技術としてAIをはじめとするさまざまな技術は有効かもしれませんが、当事者だけでなく周囲の人にとってもやさしいことを考えるのは人間工学の得意とするところでしょうね。
さて、私は、機構長に就任する前から、本機構は実は人間工学会の中でも知っている人は少ないのではないかと感じており、人間工学会全国大会でのシンポジウムを通じて情報発信をしてまいりました。機構長就任後は毎年地方支部大会を周り、アピールを進めてきましたが、そこで感じたことは、やはり知名度の低さです。これは単に情報発信の少なさだけではなく、資格を取得することで得られるメリットが十分説明できていないからだと思っています。有資格の方々にとっては、メリットはさまざまだと思います。これまではそのことに甘えてきて、機構として明確な方向性を打ち出すことを行いませんでした。そこで、今期はこのことを中心に考え、できるだけ早いうちにこの方向性を示し、来期以降の体制につなげられるようにしていくことが私の役割と考えております。このようなことを、機構内、人間工学会内にとどまらず、広く発信していくことで人間工学が広く普及していくことを目指していきたいと考えておりますので、機構の方々にもぜひお手伝いしていただきたいと考えております。
引き続きよろしくお願いします。
専門家からの報告
現場と開発と営業をつなぐ大切さ ~ 介護浴室開発を例として ~
三上彩(積水ホームテクノ株式会社)
1.積水ホームテクノ株式会社とwells
積水ホームテクノは住宅・介護施設向けのユニットバスや洗面など水回り設備の製造・販売・施工・メンテナンスを行っております。現在注力しているのが介護向けユニットバスwells(ウェルス)です。要介護高齢者が入浴し易く、介護者が介護し易いように設計されたwellsには、大きな特徴として可変システムがあります。可変とは、入浴する方の身体状況や介護者の動線に合わせて浴槽や手すりを動かして、浴室のレイアウトを変更できる当社独自のシステムです。例えば背の高い人と低い人では、浴槽から立つ時に掴まる場所が違います。手すりを掴みやすい位置に移動することで立ちやすくなり、要介護高齢者が自分の力で立つことができれば、介護者の負担が減ります。また、片麻痺がある方には、動きやすい方に浴槽を寄せることで入浴しやすくなります。
私の役割は、wellsをさらに使いやすく進化させるために、介護現場の情報収集・ユーザー視点での検証を通して開発部に情報提供すること、また営業部に開発した新商品・新機能の効果を分かりやすく伝えることです。
介護施設向けユニットバスwells
浴槽可変の様子
その方が入りやすい位置へ変更できます
2.本質を捉えて開発する
「私達は入浴介護だけをしているのではありません」 今から5年程前、介護者のグループインタビューで最後に言われた言葉です。「浴室の中だけでなく、どんな考えのもとに利用者さんの介護をしているか、業務全体の流れを捉えてほしい」と言われました。それまで「人の手で浴槽出入りの介護を安全かつ負担が少なくできる浴室」に執心していた私達は困惑した記憶があります。
当時、介護者が要介護高齢者を抱え上げることは当然で、リフトを使った介護は人を荷物のように扱うというイメージが強く、また機器が高額であったために、浸透していませんでした。
さらに負担軽減になると思っていた浴槽可変は、介護現場では「浴槽が重い」「時間がない」と使ってもらえないことがありました。
その方にしてみると、「表面的なことばかり言っている。介護の本質を分かって製品づくりをしてほしい」と感じられたのかもしれません。
「知っている」のと「介護したことがある」は大きく違います。「何のための介護か」を考えることはもっと違います。私は「知っているつもり」になり、何のために、また何故その行為をするのかをきちんと理解しないまま、介護者達と話をしていたのかもしれません。私達は「腰に負担がかかりにくく、人手だけで浴槽出入りする」斬新なアイディアを求めていましたが「人の手だけで行う」ことは本質ではありません。貴重な意見をいただいたと思います。
今は「知見としてはわかるが、介護経験はない」ことを自覚し、介護現場では何を重視して、どんな考えで要介護高齢者に接し、介護をしているのかを聞き出すことに注力しています。
3.お客様に伝え続ける
現在、介護は身体的にも精神的にも負担が非常に高いと一般的に認知されています。また、介護者の高齢化、介護人材不足という問題も出てきました。そんななかで、腰痛になると仕事を継続できないため、「人を抱え上げずに、リフトや福祉用具を上手に活用して安全な介護をする」という考えが介護業界に浸透してきたと感じています。
実際最近の当社のユーザー調査から、「浴槽可変しています」というお客様が増えているとわかりました。「浴槽を動かした方が要介護高齢者は安全に浴槽を跨げて、自分たちも負担なく介護できる」と嬉しいお言葉をいただきました。これは私が所属する企画部と開発部が一緒にまとめた浴室や入浴機器のメリットデメリットを、営業がお客様にどんな要介護高齢者にどうやって使ってもらうものなのか、介護者にとってはどう負担軽減になるかを正しく伝えてくれたおかげです。
安全に入浴できることをベースとして、私達にできることは何か、人間工学の知識と経験を活用して、介護者が安全に介護でき、要介護高齢者も安心して気持ちよく入れる浴室や設備、サービスをこれからも提案していきます。
執筆者自己紹介
三上彩:千葉大学大学院デザイン科学修了後、株式会社U’eyes Designにてユーザビリティ調査に従事。2009年、慶應義塾大学大学院経営管理研究科修了。現在、積水ホームテクノ株式会社で介護用ユニットバス・入浴機器の調査・企画を担当。趣味はマラソンと読書。
専門家からの報告
イノベーティブな商品開発の中で
水野啓之(株式会社OKIプロサーブ)
昨年、人間工学専門家の認定を頂いた水野と申します、宜しくお願い致します。
私は沖電気工業グループ企業の中の商品デザイン開発とプロモーション業務を担う会社で、主に金融・流通や旅客向け製品、またプリンターなどのハードウェアデザイン業務に従事しております。
昨今、モバイル/クラウド/ビックデータなどの第3プラットフォームの浸透により、スマートフォンを活用したサービスの拡大、キャッシュレス化などが進み、社会インフラ向けのハードウェア製品の開発は減少傾向にあります。ハードウェアはスマートフォンなどの限られた端末に集約され、ハードウェアからソフトウェアへと流れは変わりつつありますが、経済産業省は経済の活性化を見据え、iPhoneなど海外企業が作り出す製品に負けない日本から発信する新しい商品の出現を望み、「デザイン経営宣言」と打ち出し、産業競争力とデザインを考える研究会を立ち上げている動きもあります。
そのような状況の中で、当社もこの時代の潮流に歩調し、イノベーティブな製品を新たに創出すべく、専門部署を立ち上げて、積極的にイノベーション活動を行いつつあります。
イノベーションを生み出すマネジメント手法としてデザイン思考が上げられますが、当社は電機通信機メーカーの中では後発ではありますが、今後、デザイン思考を実際の製品開発のプロセスに取り入れる機会は徐々に増えてくることになると思います。そして、開発の上流工程で、徹底的な現場観察、様々な職種による問題定義、アイデア創出、そしてプロトタイプの制作/検証という一連のプロセスを素早く繰り返し行う中で、人間工学専門家として参画し、その能力を発揮し活躍できる場も増えてくることが考えられます。
観察/分析によって顧客の潜在ニーズを発掘し、「顧客が求めているものは何か?」「エンドユーザーにとって本当に使いやすい商品は?」などの顧客やエンドユーザーの視点での問題定義、使い手にとって優しい製品にするための具体的なアイデア創出など、人間工学専門家ならではの特性/能力を開発の場で発揮し、イノベーティブな商品作りに貢献できるように、取り組んで参りたいと考えております。
執筆者自己紹介
水野啓之:株式会社OKIプロサーブ アドコミュニケーション本部プロダクトデザイン部勤務。多摩美術大学造形表現学部プロダクトデザイン学科卒業。専門はプロダクトデザイン、ユーザビリティ。
報告
第8回CPEセミナー参加記
松本啓太(CPE会報編集委員長)
好天に恵まれた2018年11月15日(木)午後、8回目となるCPEセミナーで、大船(神奈川県鎌倉市)にある三菱電機株式会社デザイン研究所を訪問しました。
最初に鳥居塚崇副機構長から、CPEセミナーは企業のことを知るとともにCPEの横のつながりをつくる機会である、との開催趣旨が説明されました。
次に訪問先のデザイン研究所を代表して、ソリューションデザイン部長の浅岡洋様から、研究所の概要を説明していだきました。三菱電機には「デザインの行き先は、人。」ということばから始まるステートメントが昔からあり、誰のため・何のための商品かを追求しています。プロダクトデザイン、インタフェースデザイン、ユニバーサルデザイン、ソリューションデザインの4領域がありますが、複数の製品や技術を組み合わせ、新しい価値を生み出すソリューションデザインに興味を持ちました。この分野には例えば、電車内での表示装置「トレインビジョン」があります。公共の場で使われることに配慮し、色覚特性を考慮した色使い、4ヶ国語対応など、UDが徹底されています。文字表示は、言語ごとに読み取れる適正な時間を研究し、製品に反映しているそうです。ふだんストレスを感じずに何気なく眺めている車内表示の背景に、きめ細かな人間工学の実践があることに感銘を受けました。
その後、三菱電機での実践例として、CPE会報の編集委員でもある城戸恵美子様から、新タイプのエレベーターを事例に、人間工学の取り組みをご講演いただきました。この実践例、および見学後に行なわれた質疑については、次号で、城戸様よりご報告いただく予定です。
講演後、30人の参加者は、グループに分かれて展示や施設を見学しました。
最初に訪れたアドバンストギャラリーでは、技術起点ではなく、利用者視点で考えられた未来の姿がデザインされ、プロトタイプとして展示されています。電車の乗降で、携帯したカードを取り出すことなく通過できる、ゲートの無い改札や、公共空間のためのアニメーションによる誘導サインのプロトタイプでは、状況に応じた情報が床面に投影され、歩行中に自然なインタラクションができるように工夫されています。これらは実用化に向けて開発が続けられているそうです。
また、新しいキッチンのプロトタイプでは、食材に応じたレシピが表示される冷蔵庫、それと連動して調理手順を示してくれる作業台、超薄型IH調理器などが設えられており、モノの進化とともに、料理というコトがどのように進化するのかを見せてくれました。
さらに、発話直後にタブレットの画面を指でなぞると、その指の軌跡に発話した文字が記される「しゃべり描き」UIや、エアコンのリモコンボタンが、機能に応じた形で大きなつまみとして並べられ、さわりたくなるようなUIなどのユニークなインタラクションが展示されています。これらは、UI設計に携わる参加者に、大きなインスピレーションを与えてくれました。
次に、デザイン研究所とともに大船にある3つの研究所の1つ、情報技術総合研究所の展示コーナーを見せていただきました。噴水のような水流がテレビのアンテナになる「シーエアリアル」、4台のカメラの俯瞰映像を元に、上空から見た全体の映像を作りだす「Fairyview」などの要素技術を、デモとともに説明していただきました。特に驚かされたのが、1本のマイクで複数の人が同時に発話した言葉を、人工知能「Maisart」によって分離する技術です。デモとして、参加者2名が同時に発話しましたが、声が混ざって聞き取れません。これをAIの処理にかけると、別々に再生でき、鮮明に聞き取ることができました。
デザイン研究所で、未来の理想の姿が描かれ、それを実現する技術が隣接する研究所で開発されている状況は、理想的な環境と感じました。
その後、ユーザビリティ評価室を訪問しました。私は、このようなハーフミラーで仕切られた評価室を数多く見ていますが、これほど大きな評価室は見たことがありません。ドライビングシミュレータが置かれていましたが、エレベーターのカゴを持ち込んで評価することもあるそうで、広くて天井が高い理由に納得しました。
その後、会議会場に戻り、質疑応答がありました。質疑時間は20分でしたが、質問が絶えず、途中で打ち切らざるを得ませんでした。今回のセミナーを企画してくださった嘉代憲司幹事からは、次回は、議論する時間を増やしたいとのこと、早くも次のセミナーが楽しみです。
お知らせ
準専門家資格ポスター
前号の会報で募集をお知らせしました準専門家資格ポスターについて、学生の皆さんから多数の作品が寄せられました。昨年11月の審査会では、粒ぞろいの応募作品の中から、5名の方の入賞が決まりましたのでお知らせします。
現在、最優秀賞に選ばれた作品を元に、グラフィックデザイナーと受賞者による最終案に向けてのブラシュアップを行なっています。次号の会報では、本ポスターの開発ストーリーについてご紹介する予定です。
最優秀賞:
西澤優里(日本大学)
優秀賞:
長谷川聡子(和歌山大学)
入選:
松井彩(京都女子大学)
宮原咲貴(日本大学)
山本真琴(千葉工業大学)
●専門家の新規登録(50 音順、敬称略)
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【認定人間工学専門家】
(11月1日認定)青木宏文、池浦良淳、内田優雨、江口裕子、榎原毅、大須賀美恵子、大橋智樹、
加藤麻樹、金山正樹、辛島光彦、越野孝史、境薫、嶋田淳、鈴木桂輔、鈴木大輔、鈴木達彦、
鈴木浩之、樹野淳也、田谷紀彦、中川千鶴、仲谷尚郁、野中隆、畠中順子、花井利通、彦野賢、
松井裕子、松岡敏生、松延拓生、三友信夫、山崎友賀、吉田悠、吉村健志、和田一成 -
【認定人間工学準専門家】
(12月1日認定)上甲志歩、新家悠介、米村純一
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会報・人間工学専門家認定機構編集委員会 -
【編集委員会】
松本啓太(編集委員長)、青木和夫、城戸恵美子、斉藤進、福住伸一、藤田祐志、吉武良治、鰐部絵理子 -
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