会報・人間工学専門家認定機構 Vol.57
Vol.57 2018 年11 月1 日
会報・人間工学専門家認定機構編集委員会
- 目次
- 専門家からの報告
ユニバーサルデザインSOS ハンドブック - 専門家からの報告
スマートグラス(ヘッドマウント・ディスプレイ)の普及にむけて - 専門家からの報告
音声入力実用化過程にみる失敗と Ergonomic Approaches - 準専門家資格ポスター募集中
- 専門家の新規登録(50 音順、敬称略)
専門家からの報告
ユニバーサルデザインSOS ハンドブック
細野直恒(NPO にいまーる理事)
日本聴覚障害者建築協会(AAJD)という聴覚障害者を中心とした建築家のグループがあります。メンバーは聴覚障害を持つ1級・2 級建築士を中心に構成される団体で、活動としては、聴覚障害者(デフ)が作業現場で抱える問題点を共有して解決方法を探索しています。そのAAJD が企画して東京都からの助成金で制作した「SOS ハンドブック」について、ご紹介します。
AAJD 現会長はデフの建築士ですが、ある時急病になり救急車で運ばれた時に、救急救命士との対話に行き違いが多く困りました。患者としては痛い箇所の状況を早く伝えたいのに、救急救命士は家族などの連絡先を先ず聞こうとしたそうです。その時の経験から、レストランのメニューのような形で指し示せるハンドブックを制作しました[1-3]。2011 年の初版では、在日外国人の国別人口分布から5 カ国6 言語(日本語、英語、韓国語、中国語(簡体、繁体)、ポルトガル語)を選んで印刷しました。今回の改版では2020 年の東京オリンピック・パラリンピックに向けて、さらにフランス語、ドイツ語、スペイン語、イタリア語、ロシア語を追加して対応言語数を拡張しました。図1~4 に英語の部分を紹介します。
図1. 表紙(左上にCUD 認証マーク)
図2. 対話のページ
図3. 表皮と内臓での痛さの主訴を指し示すページ
図4.既往症を指し示すページ
コアになる制作メンバーとしては、当事者であるAAJD 会長と手話通訳者、スポンサーでもある車会社のCSR 部門の担当者と著者(CPE)でありました。その際には人間工学の基本概念に沿って、ISO9241 シリーズに取り入れられている、人間中心設計手法(ISO9241-210、旧ISO13407)[4]と、利用の文脈(ISO9241-11)[5]を基本に制作しました。つまり目標(Goal)として、「緊急時(物理的及び社会的環境、Environment)で外国人や聴覚障害者(利用者、People)が円滑に周辺の人と対話が形成できること(仕事、Task)」として、このSOS ハンドブック(装置、Equipment)を位置づけました。プロトタイプが出来上がった直後に、人間中心設計の概念に従い、想定ユーザーである外国人や聴覚障害者の方々に声を掛けて、評価試験を実施しました。有効性(Effectiveness)としてGoal が達成度を、効率性(Efficiency)としてハンドブックを使った場合と、使わなかった場合の比較と共に、アンケートによりSD 法で満足度(Satisfaction)を計測しました。
このハンドブックの特徴は、主に次の3 点です。
- 1.使用者自身の使いやすさ:旧版では、手話ができない人とも図を指さすだけで対話が実現できる事を目的にして、特に緊急時に救急救命士との対話をスムーズにさせる環境提供のために作られましたが、今回は外国人や障害者が自分自身で使い易いように見直して改版しました。また対話場面を想定し、上下逆さにした添え字を追加しています。
- 2.対応言語数を拡張:東京オリンピック・パラリンピックを見越して仏語、独語、西語、伊語、露語の5 言語を加え、全部で10 カ国11 言語を載せました。
- 3.色覚障害対応:NPO 法人カラーユニバーサルデザイン機構(略称:CUDO※)という色覚障害者の方たちにも分かりやすい色づかいの社会を目指す団体があります。今回はその機構にも依頼してアドバイスと検証を受けて、このハンドブックを印刷しました。表紙左上に2018 年度CUD 認証マークがあります。
出版にあたり人間中心設計のプロセスにしたがい、聴覚障害者や外国人の実験協力者を集め評価実験を実施しました。その際は仮想の緊急時における対話のタスクを準備して、このハンドブックを使い対話した場合と、使わずに紙に絵もしくはジェスチャーで対話した場合の所要時間を計り、効率性の比較を実施しました。使用した場合は約20%の効率性が確認できました。有効性については、本来伝えるべき内容が伝わったか?を聞き手の方に確認しました。満足度はSD 法により、緊急時などに使ってみたいか?をヒアリングしました。
結果として5 組のペアから、20 回分のデータを得ました[1]。
効率性:ハンドブックを用いた場合は、用いない場合と比べて、約20%の効率性向上が見られました。分散分析では(1 要因被験者内, df1=1, df2=9),F=6.95, p=0.027<0.05 で、有意差ありが確認されました。
有効性、信頼性:片方から他方に伝えるべき内容の信頼性においては、記録を採点することにより、ハンドブックのある場合の方が、約20%精度が上がった事を確認しました。分散分析から、F=4.89,p=0.054<0.1 で、有意傾向ありが確認されました。
満足度:事後にアンケート調査を行い、「このようなハンドブックが手元にあると安心」、などの満足度を得られました。
今年(2018 年7 月)に、オーストリア・リンツ大学で開催されたユニバーサルデザインに関する国際学会ICCHP2018※でも配布し、各国の専門家からも、完成度が高いとの評価を得ました。その時の様子は、本学会の記事でも紹介しました[6](図5)。
図5.ICCHP2018 での紹介状況
AAJD からは東京都の聴覚障害者の団体をはじめ、行政機関、消防署や病院に配布しています。歯科医院に配ったところ、患者は口を開いたままなので、痛さの表現が役立つとの事でした。AAJDのホームページ※のSOSカードからも閲覧が可能です。紹介したICCHP 国際会議などでも、今後はスマホへ載せて何時でも何処でも使える環境への展開への要望が多かったです。この事などCPE の専門家の皆さんからの感想をAAJD 宛に送って頂くと、今後の活動の励みになります。
参考文献
[1] 細野直恒ほか,ユニバーサルなコミュニケーションの効率性評価,日本人間工学会第52 回大会予稿集,2011.
[2] Hosono, N., et.al., Urgent Collaboration Service for Inclusive Use, Human Interface, Part I, HCII 2009, LNCS 5617, pp. 49–58, Springer-Verlag Berlin Heidelberg 2009.
[3] Hosono, N., Inoue, H., Nakanishi, M., Tomita, Y., “Urgent Communication Method for deaf, Language Dysfunctions and Foreigners”, Computers Helping People with Special Needs, PP.397-403, LNCS8548, Part 2, icchp, Springer, 2014.
[4] International Organization for Standardization: ISO9241-210 (former ISO13407:1999), “Ergonomics Human-centred design processes for interactive systems,” 2010.
[5] International Organization for Standardization, ISO9241-11, “Ergonomic requirements for Office Work with Visual Display Terminals (VDTs), Guidance on usability,” 1998.
[6] 細野直恒,ICCHP2018 参加報告,日本人間工学会誌,Vol.54, No.4, pp.186-187, 2018.
※参考URL
NPO 法人カラーユニバーサルデザイン機構
http://www.color.or.jp/
ICCHP2018
http://www.icchp.org/welcome-chair-18
AAJD
http://www.aajd.org
執筆者自己紹介
細野直恒:1974 年3 月 慶応義塾大学工学部計測科(修士課程修了)、1974 年4 月 沖電気工業(株)入社、1981 年7 月 英マンチェスタ大学 (UMIST)電子工学部 (MSc.取得)、2003 年7 月 慶応義塾大学理工学部開放環境科学(博士(工学)取得)、2003 年8 月 日本人間工学会認定人間工学専門家(CPE)、2017 年4 月 NPO にいまーる (理事)
専門家からの報告
スマートグラス(ヘッドマウント・ディスプレイ)の普及にむけて
宮尾克((公財) 名古屋産業科学研究所・上席研究員)
私は、名古屋大学医学部を1977 年に卒業し、公衆衛生・産業衛生の分野、とくにVDT 作業の人間工学的研究をしてきました。この10 数年、3D 立体映像と電子ペーパーの研究をしています。3D の透過型HMD について述べます。
いよいよ新4K・8K 衛星放送が、2018 年12 月1 日からはじまります。高精細、広色域化、画像の高速表示、多階調表現、高輝度(HDR 技術)などの機能が楽しめます。ここで、3D テレビの経験を思い出します。3D テレビは2010 年からはじまり、12 年をピークに、17 年に終焉しました。当初の3D が液晶シャッター眼鏡だったことが普及を妨げました。1 台1 万円で、家族みんなでは数万円かかり、寝転んだり顔を傾けると立体が崩れました。致命的なことは飛出しも引っ込みもきわめて控えめのため、3D の魅力の迫力に欠けていました。これは、3D 安全ガイドラインという基準で、3D の飛出しなどを視差にして1 度以内に制限したことが原因でした。1m離れた画面から、21cm 飛び出すのが限界でした。画像の多くは10cm くらいしか飛び出しません。レリーフ像とでもいうべき迫力のなさでした。その後、この1度という基準の根拠となった論文は、2 度というべき結果の誤解(読み間違い)であることが明らかになりました。わが国だけが、後生大事に、過剰な規制を3D テレビに課していたのです。詳しくは私の旧研究室の小嶌健仁博士の論文を参照してください。(社会医学研究31:1, 69-79.2014年。サイトでダウンロード可能。)
いま、将来を嘱望されている透過型ヘッドマウント・ディスプレイ(スマートグラス)にも、大きな技術的・人間工学的問題点が上がってきています。そこで私たちは、下記の4 項目のガイドラインを提案しています。
- 1.AR(拡張現実)における作業ガイド(実物と重畳しながら見比べる作業指示の仮想画面など)は、作業対象とほぼ同じ距離か、やや手前に表示しないと、両者を重畳して、見比べることはできない。
- 2.スマートグラスは、セッティングできる瞳孔間距離(IPD)の範囲を、多くの作業者(男女とも)に、適合するように設定すべきである。99%以上の男女が適合するためには、55 mm~71mm の範囲の可変としないといけない。
- 3.シースルー・スマートグラスに仮想的に表示するガイドは、操作対象と同程度の輝度であり、明るさに大きな差がないようにすべきである。
- 4.スマートグラスが表示する仮想的ガイドの画面イメージの計算処理速度は、十分に早いことが必要である。
専門家からの報告
音声入力実用化過程にみる失敗と Ergonomic Approaches
江袋林藏(CPE021)
1.はじめに
自動運転技術の国際競争激化の様相から、音声入力実用化当初以上の高度の更なる未知の問題に危機感を抱いている昨今です。先般逝去された歌丸師匠が「笑点」担当に当たって、これからどうすると言われて「変えようとするから失敗する-中略-変わらないことが変わっていくことです」と言う至言を残されています。“人意”は時の試練に任せると言うことでしょうか。この冒頭文には、結果として、次のような3 つの問題が含まれます。
- (1) 競争激化の企業経営心理
- (2) 先端技術に対する過度の期待感
- (3) なるようになっていく時の試練
先に進む前に、ここで、Ergonomics の基本の一端を考えておきたいと思います。
現代の先端技術の各種問題には、既にして距離を憶えている年齢になった現在、それに立ち入ることはできませんが、先年、中部地方のさる先端優良企業の基礎研究所関係者とのCPE 交流会に参加して、現役時代に私が関わってきた先端技術の現状に接したとき、物理現象の応用の基本は、半世紀以前のそれと全く変わっていない、先端技術の成果の喧伝かしましい現代、基礎的な物理現象を曲げて考えることができないのだと言うことに改めて気付かされました。それと同様にして、現代の先端技術の進展は、古典になったIndustrial Engineering の教えからも逸脱できていない、寧ろそれを改めて認識し直すべきであると言うことにも気付かされた次第です。津の看護大学でのJES 大会では、音声入力の特性についてお話しする機会を与えて頂きましたが、スマホ実験のその時に結果としてデータから見えたことは“TELECOM ’83”の音声自動通訳において私共が行ったそれと原理は少しも変わっていなかったと言うことです。
変わったことといえば、音声入力性能の向上ではなく、上の写真に見るような1983 年のその頃とは比較にならないほどの、IT 技術の進化によるその応用技術の飛躍的な進歩と言うことでした。ここでは、私の専門以外のことは誠に不調法ですので、私の専門の分野からだけで、その実務経験と大学での研究を通してこれを俯瞰し、先端の渦中にあって疾駆されている若い研究者の皆さまにご参考にできたらと考えた次第です。
紙幅の都合で、実務経験の具体的実態の詳細や大学での研究データをここでは省略し、その中から得た抽象概念だけを論述させていただきたいと思います。
2.競争激化の企業経営心理
世の中、成功は語られますが、得てして失敗の語られることはあまり無いようです。19 世紀の偉大なengineer でイギリスの鉄道の父と言われたRobert Stephenson は、「成功を語るよりも失敗を語る事はより重要なことである」と言うような意味の言葉を残したと言われています。つまり、今の我々のまわりでは良い話のほうが多く巷(ちまた)を横行していますが、成功事例も、時の試練に耐え得る場合と耐えられない場合があります。耐えられなくなって巷から姿を消す、その時が大事なのですが、しかしながら、成功したと思われたときのように語られるようなことはまずないか、と思います。Robert の言葉は現代の我々の耳に強く痛く響きます。このような成功事例をここでは、擬(ぎ)成功と言うことにします。それに対して成功の侭この世に貢献し続ける事例を真(ま)成功と言っておきましょうか。古い話で恐縮ですが、ここでは、喧伝(けんでん)かしましかった半世紀程前の、初期の音声入力の産業応用事例でこれを見てみたいと思います。
以下は、顧客から直接教えて頂いた幾つかの事柄です。
(1) 音声入力に対する過度の思い込み
この思い込みは、「音声認識-Voice Recognition(VR)」というテクニカルタームに端を発しております。「認識」は、複雑な生理学的脳科学的過程を経て成立する現象で、音声入力技術はそのような形の受聴信号処理の過程を元来持っていないのです。やっていることは、単なる「照合同定Collate& Identification → CI」と考えて良いかと思います。「認識」という言葉は、人の聴能力と直接的な関係があるという誤解を招きます。私は自分が戒め続けてきたこのような事について、営業の誤解を招くようなセールストークの下に、「人がデキルコトをお前の機械は何故できないのか」と不本意ながら顧客から直接強く叱責を受けたことがあります。
(2) 音声入力応用に関する過度の期待感
機械だから人のできない事を容易にやってのけることができる、人以上の能力がある筈である、と、顧客は思いますが、そうではないと説得できる営業が当時は居りませんでした。営業は、売り上げ実績を作るのが本務ですので、セールスに不利なトークはあまりしない傾向があります。音声入力機械は、嘘ではないが本当でもない(Not aLye But True?-NLBT)と言ったセールストークで有利さだけを強調できるような機械ではないのです。不本意ながら、結果としてNLBT 的セールストークを信用し、いろいろなErgonomicApproach を試みていた顧客に説明することができずに、ご迷惑をおかけするようなことになっていきました。
(3) 音声入力応用に関する思い込み
人の発声は日常であるから、音声入力は人に適合したMan-Machine Interface である。これも、NLBT トークになります。結果として、物流仕分け装置応用の例でHuman Engineering(人間工学)的成功が喧伝されていたその背景には、宛先音声入力には、そのまま職業的Speed up programが組み込まれてあったのだ、ということでした。これは、IE のMandel 先生が、その教科書の冒頭できつく戒めていた基本中の基本ではあったのでしたが!
(4) 企業的焦燥感
企業的焦燥感の一端は、巷に横行している良い話に原因があると思っています。そもそも、我々が音声入力を商品化しようと考えた基本的な理由は、当時としてはDP 法という発明があった為でした。企業的焦燥感はDP 法があるのに、商品化でアメリカにすっかり後れをとってしまった、という危機感にあったと思います。しかし、R&Dとその商品化の距離の何と大きかったことでしたでしょうか。 時を経て程なく音声入力技術開発競争に後れをとったと気付いた各社の企業経営心理がむきだしになります。最初は単体型の装置でしたが、やがてはそれがPC 組み込み型のソフト製品に進化します。この進化は音声入力機器のCI 能の進化ではなく、IT 技術の進化に基づく製品形態的な進化に止まったままのそれです。セールストークが、如何にその様であったかと思わせるような文言が続きます。他にもあった企業の中の代表的な4社、その箱書きの一例をご紹介しましょう。
No. | セールストーク(箱書き) |
---|---|
1 |
使えるなら「使える」音声認識だね ■「****バー」新装備でさらに使いやすく ■精度アップのエンジンで,さくさく日本語認識 ■電子メール,インターネットも音声認識で ■親切・簡単なオンラインヘルプ,チュートリアル ■わずか1分の調整で,すぐに使用可能 |
2 |
スグに使える.面倒な「声の登録」が必要ありません! インターネットがもっと楽しい.なめらかな日本語で読み上げます! 書類作りもラクラク.Excel, Word も音声入力ができます! |
3 | 声で「入力」,「操作」,「読み上げ」の音声機能が三拍子そろった日本語音声認識・合成ソフト□声でインターネット □声でチャット □声でE メール □声でインターネット接続料金の目安を確認□認識率が向上 □句読点を自動的に挿入 □文章入力した声を学修 □音質が向上 □アプリケーションソフト上の文章を読み上げ □ハイブリッド音声合成対応 |
4 |
声でパソコン,新世紀 簡単,感動,●●ボイス 日本語音声認識のベストセラー Pro 版に手持ちマイクを追加 エンロール文字の拡大機能 Word で音声入力機能の高速化 |
箱書きのすべてが、スグに使える事を謳っていますが、本当でしょうか。これらの箱書き文言について、全部ではありませんでしたが、私は大学の研究室で、マニュアルの読みやすさをはじめとする製品の評価実験を行っております。その結果ですが、箱書きを見ただけでお分かりいただけると思いますが、メーカー自身としては(善意に考えて)実現済みのことであったでしょう?が、箱書きの文言は、マニュアルの読み難さを含めて、ユーザーの立場からは到底実現できないNLBT的なものでした。結果として、①製品がセールストークのようではなかったことと、②製品性能の向上の為の、メーカー側からユーザーに対する協力要請が多かった、しかも、③説明書が、工学部の学生では難解なものだった、④メーカーに問い合わせても埒が明かなかった、と言うような問題が残りました。
3.先端技術に対する過度の期待感
さらに時を経て、どう言う次第か事情が分かりませんが、ある企業の研究所が、さる法的機関の議事録の自動作成プロジェクトを手掛け始めました。私は、音声入力の本質を知っていましたので、人を介して取りやめるように強く働きかけたのですが、既に始められていました。理(コトワリ)研究をすべき研究所が、出資者から、研究成果の社会的な利研究実績を強く要求された背景もあったと思います。同じ頃、衆議院でも速記の音声入力応用の研究が始められ、2011 年には、音響学会の春期大会でその概要が公表されています。
さるところでは、速記者養成を打ち切ると言う気の早い話もあって当事者間では大きな物議を醸した事を仄聞していましたが、その後どうなったか分かりません。近頃のテレビを見ていますと、衆議院では2 人でなにか筆記している様子がみられます。時経て私のまわりから関係者がいなくなった為様子が分からなくなりました。あの話はどうなっているのでしょうか。
4.時の試練(音声入力応用の教訓と自動運転技術-擬成功?真成功?)
その後、音声操船のシステムが完成し、船長は舵輪操作もなくなり、船に対して只単に指示を与えるだけになり、ゲーム感覚の操船ができると言うことで、その後は好評の裡に受注実績を積みあげていました。その裏には、緻密なErgonomic Considerations が隠されております。
物流の音声宛先入力と音声操船との違いは何処にあるのでしょうか。結論から考えますと、前者は送り込まれる荷物の宛先の発声入力が強制された事例、後者は発声者の自由裁量が許されていた事例と思っています。また、形は異なりますが、発声者の自由裁量が許されている応用に、オークション用の食肉検査データ入力があります。強制される作業と自由裁量の許される作業、つまり、産業応用における働く人の尊厳の有無のようにおもいます。物流仕分けの現状は不確かですが、かつての音声入力の営業プロモータであった人の話によりますと、あまり話は聞かなくなったと言うことのようです。仮にそうであるとしますと、これが成功の擬と真を分ける要(かなめ)ではなかったかと思われるのです。
しかしまた、スマホや、アシモに始まるコンシューマー的応用分野では、産業応用とは異なり、音声入力のCI 能が不備のまま受け容れられる場面があるような緩やかな一面もあるかとも思います。このような事例を積みあげているうちに、AI 技術の進化もあってCI 能の欠点を補うような後処理の技術が時の試練を経ながら、自動通訳の例にも見るように、進化してくるようにも見えています。
5.おわりに(技術の進展と人の尊厳)
音声入力の産業応用においては、一流の企業でも巷に流れるNLBT 評価には弱かった、また過度の期待感を持たせるようなNLBT トークもあり、その様な擬成功の裡に真成功がErgonomic Approach の中から見出され、別に、AI 技術の進展によるコンシューマー的応用事例の一端も垣間見たように思います。
田中寛一先生の日本で最初の教科書「人間工学」の中表紙には、キリストを抱く聖母マリアの肖像が採録されています。つまり、「心理研究に基礎をおいている人間工学(Human engineering)は、その当初より人の福祉・尊厳に深く関わる学問と認識されていたと思います。音声入力の応用は、人そのものが深く関わりますので、働く人の個々人の尊厳の尊重は一層配慮されるべきと思われるのです。この思想は、Wojciech JastrzębowskiのThe Science of Work とされるErgonomics 基本項目、肉体的、感覚的、知性的、倫理道徳的な(気)力に懸かるものです。
音声入力応用初期の実状は以上のようでした。幾つもの失敗を通して、デキナイコトって何だったのか?という擬成功に対する先端技術において繰り返される改善を通してErgonomic Approach の基本の大切なことを反芻しております。自動運転の研究では、先に述べました危険と直接向き合うようなErgonomic Approach 的音声操船技術の緻密な研究が範例になると思っています。また、公道など公の場における運用には場合によっては統合的管理システムが必用になる場面もあるかとも思われます。音声入力応用の拙い経験からですが、このPractice の意味は広範のように思います。飛行機のオートパイロットは依然として人の介助を必要としています。しかし、ホテルなどの限られた空間では人が付き添うことなくロボットが動き回っている姿が(評価済みか否かは別として)報道されています。限定的空間・限定された条件では、伝統的な倉庫管理システムや近年のホテルでの客室サービス等で条件設定ができるようなところでは人の介助はいらない場面があると言う事でしょうか。
大島正光先生は、言葉は異なると思いますが、その理念思想として「人間工学は評価の学問である」、「人の状態を一義的にみてはいけない」というような意味のことを言い残していかれました。何かを始めるに当たっての歌丸師匠の“変えないと思っているうちに変わる”のは「笑点」の成功を見るに天意と思われます。音声入力応用の初期の人意の如何なるものかを垣間見てきましたが、先端技術の推進においてこれをどのように捉えるのか、考えるべきか、Robert Stephenson の“失敗に学ぶ”を真摯にとらえ、Ergonomic Approachの基本とは何かを強く思うこの頃です。
註:
Ergonomics は、Prof. Danuta Koradecka とProf. Waldemar Karwowski によれば、「ギリシャ語のergon-Work、そしてnomos- Principleor Law をthe Science of Work としたもので、即ちこれは、人間の肉体的・精神的力と天来の能力・才能・手腕を意味する」といわれています。(Wojciech Jastrzębowsi an Outline of Ergonomics or The Science of Work based upon the truths drawn from the Science of Nature, 1857: 2000 年の第14 回IEA と第44 回HFES 大会で配布された記念出版brochure)。
執筆者自己紹介
江袋林藏:昭和35 年、工学院大学電気工学科卒、平成元年、工学博士。平成2 年、科学技術庁長官賞「音声入力システムの性能評価法に関する研究」。職歴:関連専門職の実務を経て、防衛技研、NEC、日本電気精器技師長・顧問、足利工業大学(教授)、工学院大学(非常勤講師)。 2003 年、人間工学専門家 No.21。
●準専門家資格ポスター募集中
11 月16 日 応募締め切り
準専門家資格ポスターを募集しています。このポスターは、認定人間工学専門家や資格認定制度のことを広く知っていただき、試験への応募に繋げることを目的とするものです。
全国の大学生からデザインアイデアを募集中で、応募締め切りが11 月16 日に迫っています。ぜひ皆様の周囲の学生の方々に、声をかけていただきたいと思います。最優秀作品に選ばれたデザインは、グラフィックデザイナーの指導・協力のもと、より魅力的なポスターに仕上げられる予定です。
詳細はウェブサイトをご覧ください。
https://www.ergonomics.jp/cpe/news/1835
●専門家の新規登録(50 音順、敬称略)
- 【認定人間工学専門家】
(11 月1 日認定)大井美喜江、三上彩、水野啓之 - 【認定人間工学準専門家】
(9 月1 日認定)金岡優奈、金﨑千里、金田茉歩、森野昌弘
○会報、編集委員会へのご意見、情報提供は
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e-mail:cpenewsletter@ergonomics.jp
〒107-0052
東京都港区赤坂2-10-16 赤坂スクエアビル2F 日本人間工学会事務局
会報・人間工学専門家認定機構編集委員会 -
【編集委員会】
松本啓太(編集委員長)、青木和夫、城戸恵美子、斉藤進、福住伸一、藤田祐志、吉武良治、鰐部絵理子 -
【会報バックナンバー】
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