Vol.67 2022年3月30日
会報・人間工学専門家認定機構広報担当
目次
- コラム:対面での対話の難しさと価値
- コラム:カーリング沼へようこそ
- 紹介:人間工学誌リサーチ・イシュー「人間工学者が今実践すべき3つのこと-IEAの改訂コア・コンピテンシーから学ぶ-」
- 専門家の新規登録
- 認定状況
- 編集後記
コラム
対面での対話の難しさと価値
小林 大二(公立千歳科学技術大学)
昔,指導教授から「ヒューマンファクターズをやるなら酒に強くなきゃだめ」と言われたことがあります。ヒューマンエラーに関する情報収集では,一緒に酒を飲んで語る中で口が緩まないと,職場によってはセンシティブな情報は聞き出せないと言う意味です。
組織人間工学では,職場の安全文化に関する調査のように,社会や組織,コミュニティのメンバーから情報を得る必要がありますが,表面的な質問紙調査や初対面でのインタビューによって相手の本音や事実を知ることはできません。質問紙は書くのが面倒だし,インタビューでは組織人としての意見が前面に出るため個人の本音はなかなか聞けません。
近年,コロナ禍による影響なのか,人と人との対面での対話,特に世代を越えた対話の経験が学生に乏しく,他者から事実を聞き取ることの難しさや価値の高さを知らない学生が増えました。このため,人から情報を得る場合,すぐにWebでアンケートを作成しようとします。
そこで,2年ほど前から大学のプロジェクト科目を通して,学生に地域住民から情報を集める際に,エスノグラフィー調査を体験させるようにしています。ただし,感染症拡大の時期と重なっていたため,行政機関の協力を得ながら,感染者数が落ち着いた時期を見計らって活動させました。
具体的には,学生を高齢者の集まりに毎週参加させて,手伝いをしたり一緒に体操をしたりしながら高齢者との親交を深めさせました。この活動を通して,学生は高齢者の話し方や考え方の特徴を知ってから,スマホアプリのユーザインタフェースのプロトタイピングをしたり,公共交通に関する聞き取り調査を実施したりして,対面での対話による調査を体験させています。
今後も,システム開発を志すコロナ禍の学生に対して,ユーザから対話を通して本音を聞き出すことは優れたデザインに繋がることを,実践を通して伝えていきたいと考えています。
コラム
カーリング沼へようこそ
山本雅康(ふしみや・広報担当)
先頃行われた北京冬期オリンピックで、4年ぶりにカーリングの試合中継を観戦し熱くなった方も多かったのではないだろうか。本稿では、銀メダルを勝ち獲った日本代表チームではなく、冬季オリンピック期間中に大いに注目度を上げた日本カーリング協会の活動について紹介したい。いわゆるマイナースポーツの競技団体が、短期間の内に奇をてらうことなく、影響力の高い情報発信をすることで注目された好例として取り上げたい。我々の今後の情報発信の参考になれば幸いである。
日本カーリング協会はYouTube配信チャンネルを持っており、2018年から配信しているが、コンテンツは大会記録や、記者会見などといったいわゆる公式コンテンツが並ぶ、カーリング部外者にとっては気づきにくい存在であった。ところが、オリンピック開幕約1ヶ月前から、協会は複数のSNSを活用し『#カーリング沼へようこそ』というライブ配信企画をスタートさせ、閉会式までに計14回のライブ配信を行った。このシリーズ以前のライブ配信時の視聴者ピークは200-300名くらいであったが、最も盛り上がった決勝戦直後の配信では、開始前にすでに500人以上が待機し、ピーク時は8000人以上が視聴する盛況ぶりだった。
何が起こったのか。
以下は、私が感じた日本カーリング協会のYouTube配信の人気の要因である:
- まず、冬季オリンピックという特別なイベントに連動することによる話題性に助けられたことは大きい。
- 実施目的は「ファンのオリンピック観戦をより充実させたものする」と明確で、視聴者に直接メリットがあり、同時にタイミングと協会の目標「次世代により良い競技環境を伝承する」ともマッチしている。
- 配信中のトークは、親しみやすい雰囲気を出していたが、構成と進行はしっかりしている。シリーズ構成は意外性を含み、繰り返し見たくなるような工夫も施されていた。
- 内容は、専門知識の有無に左右されにくいヒト、チームを軸としていて、専門知識のない人でも参加しやすく楽しめた。テクニカルな面(技術)とエモーショナルな面(物語)の両面をカバーしていた。
- 企画兼進行役の岩永直樹氏(国内食品メーカ勤務。マーケティング/国際委員)の調査力・プレゼンテーションスキルと、アスリート委員の尽力により話題に合わせた第一線の選手をゲストとして導入することで、他では実現できない特別な内容の配信を実現できた。
気になった方は、一度YouTubeをチェックいただければと思う。
(画像提供:日本カーリング協会)
- リンク:カーリング沼に「石崎琴美がチームを支える!「フィフス」の真価 #カーリング沼 へようこそ!(2022年1月30日配信)」https://youtu.be/oW0G7VkYQc8
紹介
人間工学誌リサーチ・イシュー「人間工学者が今実践すべき3つのこと-IEAの改訂コア・コンピテンシーから学ぶ-」
日本人間工学会「人間工学」誌では、人間工学として取り組むべき研究課題を論述するリサーチ・イシューを掲載しています。2021年8月のリサーチ・イシューでは「人間工学者が今実践すべき3つのこと」と題して、人間工学専門家認定機構への期待も記載されています。ぜひご覧ください。
- 人間工学者が今実践すべき3つのこと-IEAの改訂コア・コンピテンシーから学ぶ- 榎原 毅,鳥居塚 崇, 小谷 賢太郎, 藤田 祐志
日本人間工学会誌, 57巻4号, p.155-164, 2021
https://www.jstage.jst.go.jp/article/jje/57/4/57_155/_article/-char/ja
J-stageにおいていて全文閲覧できます。上記ページよりご覧ください
専門家の新規登録
(50 音順、敬称略)
- 認定人間工学専門家
神行寿章、本村綾美 - 認定人間工学準専門家
(2022年2月1日認定)菊地晟司、程思達、堀 寧 - 認定人間工学アシスタント
(2022年2月1日認定)杉本敏文
認定状況
2022年3月24日現在(2021年4月1日からの人数増減)
- 人間工学専門家 211名( ± 0名)
- 人間工学準専門家 168名( +13名)
- 人間工学アシスタント 16名( +2名)
- シニア人間工学専門家 12名( -1名)
編集後記
21年度も新型コロナ感染症に公私ともに翻弄された一年でしたが、最後に本年度第3号を発行することができました。
さて、先日4月から改装のために長期休館となる江戸東京博物館を見学しました。初めて訪れる広い館内は、実物展示のほか、たくさんの実物大を含む大小の模型を使ったもので、江戸時代後期を体感することができました。展示で特に私の興味を惹いたのは、徳川家の豪奢な調度品ではなく、実物大に再現された町人の長屋でした。大工、染物屋などの職場兼住居は、カプセルホテル並みの空間に、仕事と生活の空間がコンパクトにまとめられています。私的な持ち物は行李と呼ばれる箱一個の中身と鏡くらいです。この行李一個が所有物の全てというのは貧しいようにも感じますが、現代のモノだらけの生活からすれば、なぜか理想的なような気がしました。江戸時代の生活をもっと知ることによって未来のデザインのヒントが得られるかもしれませんね。(広報担当 山本)