ホーム >  ピックアップ がんばる人間工学家! > 第1回 八木佳子さん 中野江里子さん(株式会社イトーキ)

ピックアップ がんばる人間工学家!

インタビュー企画 ピックアップ がんばる人間工学家

第1回 
     八木佳子さん 中野江里子さん
     (株式会社イトーキ)

ユニバーサルデザインの観点から人間工学を応用したモノ作りを積極的に展開している株式会社イトーキ。オフィスで働く女性の姿勢や心理を調査・分析し製品化された「カシコチェア」は人間工学グッドプラクティスデータベースにも登録されている。今回は同社Ud&Eco研究室で取り組まれていることを取材した。


Ud&Eco研究室とは?

八木佳子(やぎよしこ)
株式会社イトーキ マーケティング本部 中央研究所 Ud&Eco研究室 室長。認定人間工学専門家
製品開発の前段階に当たる調査研究に従事。調査研究に基づく製品の原案の提案や、試作品の評価などを行う

榎原
初回のインタビューは、名古屋市立大学の榎原が、株式会社イトーキ Ud&Eco研究室の八木さん、中野さんにお話を伺います。所属部署の名前がUd&Eco研究室とユニークですが、どういう意味ですか?
八木
ユニバーサルデザイン(Ud)とエコデザイン(Eco)をあわせた造語で、「ユーデコ」と読みます。弊社はオフィスや家庭で使う家具や機器を作ったり、それらを使う空間を設計したりしている会社なので、製品や空間をつくるときには人と環境の両方のことをきちんと考えます、という企業姿勢を表しています。
中野
私たちは「いろんな人が使いやすい製品、暮らしやすい空間」という意味で、主に「Ud」のほうを担当しています。


人間工学を応用した製品開発:働く女性に特化した椅子とオフィス空間設計

中野江里子(なかのえりこ)
株式会社イトーキ マーケティング本部 中央研究所 Ud&Eco研究室。認定人間工学準専門家
製品開発の前段階に当たる調査研究に従事。調査研究に基づく製品の原案や空間設計方法の提案などを行う

榎原
今までに担当されたお仕事について教えてください。
八木
私たちの研究室は、調査や研究に基づいて「こんな製品や空間があるとよいのでは?」ということを考えて、実際に製品や空間を作る社内の他部署に対して提案するのが主な仕事です。製品の事例で言うと、グッドプラクティスデータベースにも掲載しているものですが、働く女性に特化した椅子「カシコチェア 」があります。男性と女性には体のつくりから心理的な面までいろいろな違いがあります。洋服では男性用と女性用では仕立てからデザインまでいろいろ違うものがありますが、椅子では特に区別がありませんでした。ある意味、洋服以上に体も心も規制するのに、です。そこで慶応義塾大学の山崎信寿先生にご協力いただいて、働く女性と椅子の関係についていろいろな角度から調べると、男性と女性では意識や疲労などいろいろな違いがあることがわかりました。例えば女性の多くはオフィスではきちんとした姿勢でいたいと思っておられるので、背もたれにあまりもたれていません。また座位で一日過ごす女性の8割は夕方になると足がむくんでつらいと感じるのですが、男性では2割です。そこで、もたれてもだらしなく見えない背もたれの工夫や、むくみ対策として座面の前半分が傾斜する機能などが盛り込まれた女性向けの椅子を商品化しました。
中野
個人と製品を対象にした調査のほかに、空間をどう作るとよいか、ということも調べています。
榎原
たとえば?
中野
会社では個人で行う仕事もありますが、会議や軽いミーティングなど、人とコミュニケーションをとることも大事です。特に最近はこの「コミュニケーション」が重要視されていて、視野を遮るパネルの無いデスクやガラス張りの会議室など、オープンなオフィスが増えています。でも「集中」と「コミュニケーション」のバランスをとるのは意外と難しく、オープンすぎると集中できない、仕切りすぎると誰がどこで何をしているかわからない、ということになります。そこでいろいろな大きさの穴が開いた仕切りを通した見え方を調べました。仕切りの開口率や色を変えることで、仕切りの向こう側の見え方が変わります。また穴の大きさを工夫すると、見る距離によって見えやすさが変わるのです。こういう特徴を、たとえば会議室の仕切りにうまく使うと、会議に集中したい中にいる人は外の様子が余り気にならず、外から見ると誰がどんな雰囲気で会議をしているかわかる、というような見え方をつくることができます。こういったことを、オフィス空間の設計に活用するために、実際に空間設計をする部門に対して提案しています。


  

大きな穴の仕切り(左の写真のタペストリー)を通して見ると、遠くからは仕切りの向こうの様子が見えにくいが、近づくと良く見える。小さな穴の仕切り(右のレースカーテン)を通してみると、遠くからは仕切りの向こうの様子が良く見えるが、近くからは見えにくいので仕切りの近く(この写真ではカーテンの中)にいる人は周囲の様子が気にならない。


人間工学専門家を取得した理由

榎原
ところでお二人は人間工学専門家と準専門家認定をお持ちで、大学も同じ研究室だそうですね。
中野
認定は、会社に入ってから、人を対象とした調査や実験を行うことが多かったので取得しました。きちんと人間のことを勉強してきましたよ、ということを示すことで、実験に協力していただく方に安心していただけるのではないかと思っています。また調べた内容や提案にも説得力が出るといいな、というのもあります。学生の時も人間工学の研究をしていました。初めは建築の勉強をしたくて大学を選んだのですが、勉強しているうちにもっと人に関わる部分のことを研究してみたいと思い、人間工学の研究室を選びました。私は子供を対象にした研究をしていましたが、人を相手にする、という意味で学生の時の経験が活きていると思います。
八木
私も学生の時に姿勢の研究をしていたので、いまやっている仕事にしっかり活きています。私も将来は住宅の設計をしたいと大学に入ったのですが、椅子に興味を持ったことがきっかけで人間工学の勉強を始めました。初めはデザイナーズチェアなどの見た目のかっこよさに惹かれて椅子に興味を持ったのですが、だんだん「かっこいい椅子と言うのは、見た目もかっこよく、座り心地も良いものだ」と思うようになり、人とモノの関わりに興味を持ち、人間工学の勉強を始めました。


人間工学を活かした仕事の魅力

榎原
お仕事の醍醐味はどんなところですか?
中野
人間工学の勉強していることで、なにか新しいものをつくろう!というときにも色々な面からのアプローチを考えられる気がしています。人の体の特性や心理的な面まで、知れば知るほど奥が深く、日々発見があるところも面白いところです。また、「色んな人の行動を観察すると、提案のヒントが見つかるかもよ」とアドバイスして頂いたことから、日々人間観察をするように心がけています。オフィスはもちろん街中でも「なぜ?」と思いながら観察することで、思わぬ発見やヒントが見つかることもあって、普段の生活の上でも楽しんでいます。
榎原
逆に苦労されるところはどんなところでしょうか。
八木
基本的に人が相手なので、調査や実験ではとても気を使います。実験が終わるといつもくたくたです。でも弊社の場合扱う対象が身近なものが多いので、実験に参加してくださった方が直接「こんな製品があるといい」というような意見を下さることがありますし、実験をきっかけに気軽に話せる仲になれることもありますので、難しい点であり、面白いところでもあります。


榎原
今後の抱負などをお聞かせください。
中野
人は、自分で思っている以上に周囲の環境から影響を受けていると思います。どんな椅子に座っているか、どんな空間で過ごしているかで、気分も変わるし仕事や勉強の成果も変わってくるはずです。周囲の人を含む環境が、システム全体として人の心や体に与える影響を調べて、もっと元気になったりイキイキしたりするような空間や仕掛けをつくっていきたいと思っています。
八木
元気になりたいときには元気になれて、ほっとしたいときにはほっとできるような、その人が望む状態をさりげなくサポートするようなものができたら良いですね。
榎原
どうもありがとうございました。


インタビューア:榎原 毅(えばらたけし)
名古屋市立大学大学院医学研究科環境保健学分野 講師。博士(医学)。専門は作業関連運動器疾患(WMSDs)予防策、生理測定(心拍変動解析・筋電図)、医療安全マネジメントシステム、人間中心設計評価技術など。日本人間工学会ニーズ対応委員会委員長

「ピックアップ がんばる人間工学家!」一覧へ戻る


 


ページのトップへ