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ピックアップ がんばる人間工学家!

インタビュー企画 ピックアップ がんばる人間工学家

第10回
平田 一郎さん
兵庫県立工業技術センター 生産技術部 上席研究員

第10回の「がんばる人間工学家!」は,兵庫県の公設試(公設試験研究機関)で地域企業の技術支援や産業振興に関わる仕事に従事されている兵庫県工業技術センターの平田一郎さんです.今回は,日本人間工学会広報委員会と認定人間工学専門家機構との初の合同企画として取材を行いました.平田さんは,認定人間工学専門家(CPE)を取得され,また,企業との共同研究成果に関しては人間工学グッドプラクティスデータベース(GPDB)へ登録されていますので,学会&機構の両面から,幅広くお話を伺うことができました.

兵庫県工業技術センター
兵庫県工業技術センター

 平田さんは,兵庫県立の公設試である兵庫県工業技術センターに勤務されており,主に兵庫県内の中小企業等の技術的な支援を行っています.工業技術センターでは,試験方法や品質管理などの技術相談,保有する試験機器の貸し出しやそれらでの測定や分析,JIS(日本産業規格)等に則った試験,企業との共同研究など,さまざまな業務を行っています.

 平田さんには,2023年度日本人間工学会東海支部研究大会並びに同関西支部研究大会で,B-CPEJ企画セッションにご登壇いただき,「認定人間工学専門家の取組事例 -公設試験研究機関での取り組み事例-」としてご発表いただきました.また,2023年12月には人間工学グッドプラクティス(人間工学GPDB)に,株式会社セイバンとの共同研究成果である「通学用子供カバン SPRINGLOBE™」 も登録いただきました.そのような平田さんに,現在のお仕事での人間工学への取り組み,日本人間工学会やCPE資格の仕事への活用など,幅広くお話を伺いたく,今回,取材をお願いしました.平田さんの勤務先である神戸市にある兵庫県工業技術センターへお邪魔して,お話を伺うと共に実際の試験機器や開発品なども紹介していただき,楽しく取材させていただきました.

松岡
先日の東海支部研究発表会では,ご発表いただきありがとうございました.日本人間工学会広報委員会と人間工学専門家認定機構広報担当で,がんばる人間工学家,かつ,認定人間工学専門家でもご活躍の方を取材しようと相談しましたところ,真っ先に平田さんが候補に挙がりましたので,本日はお邪魔いたしました.よろしくお願いいたします.早速ですが,人間工学に取り組んだきっかけ.ご自身のキャリアについて教えてください.
平田
最初に就職した際は,兵庫県工業技術センターの中にあった産業デザインセンターという部署に配属され,セミナーの開催や広報誌を通して,行政的なデザイン振興を行っていました.就職後,2,3年経った頃に組織改編があり,所属していた産業デザインセンターがなくなり,工業技術センターに吸収されるような形で異動となりました.これまで産業デザインセンターの業務では,県内企業へのデザイン普及,デザイン支援といった相談対応の業務でしたが,工業技術センターでは研究開発が中心であり,機械や材料といった分野の職員が多く占める中で工業系の研究業務に取組むこととなりました.そこで,デザインという専門を活かして取り組めるテーマを模索したところ,デザイン系と工学系の接点として人間工学と3D-CADを二本柱として取組むこととしました.しかし,大学ではデザインを専攻していましたが,人間工学は講義を受けた程度で専門的には取り組んでいなかったため,簡単なものではありませんでした.
松岡
私も繊維部門に配属されましたが,部門が廃止されて他の部署に配属になりました。何か専門といえるものを持ち続ける必要があり,人間工学に取り組むこととしました.当時は,企業さんから人間工学に関する相談を受けることは少なかったのではないでしょうか.どのように仕事を進めていったのですか.

平田
最初のうちは,人間工学自体を理解してもらうことは非常に難しく,まずは人間工学の中でもデザイン的な要素を含むユーザーインターフェース,操作画面の改善に取り組むところから始めました.その時は,企業さんへのデザイン普及と同じように,地元の企業さんを集めて勉強会を開き,人間工学に関心を持ってもらえるような仕掛けを行いました.その中で,ユーザーインターフェースに関する相談を受けて,企業さんの製品の改善に取り組み始めました.ちょうど,そのタイミングで,工業技術センター内で大学派遣研修という制度を活用することができました.この制度は,週に1日程度,工業技術センターを離れ,大学等の研究室に行き,大学の先生等に指導いただきながら研究や実験を行うという研修で,新しく取り組み始めた人間工学をテーマに研修を受けたいと考えました.そこで,当時,和歌山大学でご活躍されていた山岡俊樹先生に相談したところ,快諾いただき,指導いただける機会を得ることができたのです.
研修では1年間だけお世話になって,一旦は終了しましたが,その3年後に,今度は山岡先生から,和歌山大学の再チャレンジプログラムという社会人で学び直したい人向けの制度を紹介していただきました.この制度は,社会人として大学院に進学すると大学院の授業料が優遇されるもので,これをきっかけに和歌山大学の博士課程に入学して,山岡先生に指導いただき学位を取得しました.
松岡
人間工学に取り組み始めたが,いいタイミングで職場の制度があり,良い先生にも巡り合え,専門性を手に入れられた,ということですね.
平田
タイミングがよく,運がよかったと思っています.学位を取る過程でも,研究発表をどんどん行うようにしました.職場では,県内企業とホームセキュリティ製品の操作画面を研究していましたが,それを学会で発表したところ,別の大手企業さんからも一緒に開発しましょうとの誘いがありました.開発対象が大手企業のリモコンだったので知名度があり,職場での理解も得やすかったです.成果を発表することで,次の仕事にもつながっていき,その後,GPDBにも応募したセイバンさんの「天使のはね」の人間工学的な評価に関わることになりました.
松岡
工業技術センターの業務としては,他県と同様に企業さんから相談を受けたり,依頼試験や機器利用,共同研究などかと思いますが,人間工学の専門家ならでは,といった業務はありますか.
平田
人間工学分野では,他の生産技術や材料分析とは異なり,ほとんどが共同研究になります.他の分野のようにJIS(日本産業規格)等に基づく依頼試験や試験機器の開放業務がない代わりに,テクノトライアルという兵庫県工業技術センター独自の支援制度があります.試験機器の開放業務は,機器を利用したい企業さんに来ていただいて,企業さんが自ら機器を使って測定する,加工するという制度ですが,それとは別に工業技術センターの職員が試験機器を操作して測定や分析を行う,という制度があります.人間工学関係は,材料試験のように決まった方法での試験は少ないので,このテクノトライアルの利用か,もっと長いスパンで行う共同研究となることが多いです.
松岡
テクノトライアルという制度は初めて聞きました.共同研究も含めて,どのように企業さんが利用すればいいのか,教えてください.
平田
テクノトライアルは,共同研究の前段というケースもあり,企業さんの課題に対して,職員がお手伝いして,測定,解析を進めていきます.兵庫県は共同研究の制度も他県と少し異なっていて,他県では企業さんと県が半分ずつなど双方で負担するのが一般的ですが,兵庫県は全額を企業に負担していただきます.受託研究は,一般的に測定項目などを事前に決めておき,それに基づき職員が試験を行いますが,企業さんにも手伝ってもらう場合は共同研究となります.
松岡
先ほど見せていただいたモーションキャプチャなどは,企業さんに貸し出して使ってもらうことは難しいと思います.また,人を対象とした計測なので必ず被験者が必要となると思いますが,どのように対応しているのでしょうか.
平田
材料分析等では,試料を預かって試験したり,企業さんが自ら測定したりできますが,人の計測ではそうはいきません.一緒にやりましょう,といった対応が多くなって,テクノトライアルにフィットします.テクノトライアルではいろいろ測ってみようということになりますが,狙いがはっきりしてきたら,都度テクノトライアルで行うよりも,1年間いろいろな装置を使いながら測定や分析を行う共同研究が適しています.
松岡
ランドセルの開発では,先行研究も少なく,何を測ってみようか,というところから始まると思いますが,どのように進めたられたのでしょうか.

平田
ランドセルでは,被験者が子どもとなる点も,他との大きな違いです.被験者を集めるとなると費用も時間もかかってきますが,特にランドセルのように子ども用のものだと,夏休みや春休みといった休みの期間を利用して実験するこになります.限られた期間での本実験になるため,それまでに実験室でできることを行っておき,本実験に臨むようにしています.例えば,被験者の代わりにマネキンを利用した測定,分析などを行っています.また,被験者の子どもに,何通りもの試料を試行してもらうことはできないので,被験者実験は最大3個までに絞って実施するなど工夫しています.本実験までにマネキンにセンサーを貼り付けて,予備実験を重ねています.
イスなどはメジャーな製品で測定方法などの事例も多いが,ランドセルだと接触圧力を測定するにしてもどこを測るかといったところから始める必要がありました.例えば,シートセンサーをマネキンに貼ると皴ができてノイズが生じ、測定できませんでした.そこで,ポイント式のものを探し,神戸大学が保有していたエアパック式センサをお借りして測定を行うことができました.さらに,測定箇所のあたりをつけるために,何か所も測定しなければなりませんが,分析の手間を省くためにタブレット上でリアルタイムに圧力を可視化できる装置を3Dプリンタも使いながら製作して,測定箇所を決定しました.そして,本実験ではエアパック式センサを使用して測定を行いました.
松岡
共同研究は大手企業が多いと思いますが,テクノトライアルはどのような企業が利用しているのでしょうか.
平田
共同研究は大手企業が多いですが,テクノトライアルはもう少し小規模なところの利用も多いです.小規模の企業さんは,できたものを比較したいといった依頼があり,その際にテクノトライアルを利用することが多いです.一方で,大手の企業さんは開発の早い段階、製品ができる前の企画段階から相談をいただいて共同開発を進めることが多いです.小規模な企業さんにも,もっと早い段階から相談に来ていただき,一緒に試作を進めればいい結果につながったかもしれないといったお話をすることもありますが,まだまだ早い段階からの相談にはつながっていません.出来上がったものの場合,いい結果につながるとは限らないので,早い段階から支援できればと思っています.

松岡
東海支部研究大会でのCPEに関する発表で,人間工学的な支援業務は東洋医学,という表現を使っていたのが面白かったです.(写真は,東海支部研究大会での発表の様子)
平田
材料分析などは,西洋医学的だと思います.試験方法がわかっているので,それに合う機器を処方してという対応となり,その結果もわかりやすいと思います.たとえいいものができたとしても,使用感などは買う前にはわかりません.製品の多くは,買って,使ってみて,このメーカーのこの商品がいいな,次もこのメーカーのものを買おうとなるようなものと思います.人間工学的な課題はぱっとすぐには結果が出ないものが多いと感じています.じわじわと実験をして結果を出していくことが必要で,いろいろな処方を組み合わせて結果を出していくこともあります.決められた方法もあるようでなかったりするので,材料分析等とは異なると思っています.
松岡
最終製品を扱うことが多いと思いますが,その点で人間工学の他との違いは何でしょうか.
平田
材料分析などは,現場の人が来ることが多いが,最終製品の場合,経営者層が来ることが多いように思います.経営層がこんな製品を開発したいという思いを持って相談に来ることや,開発担当者が開発品をどのように経営層に説明すれば有効かという点で相談を受けることも多いです.人間工学を取り入れることでどれだけ売り上げが伸びるといった話になりがちで,開発予算も限られているようです.実績を積んでいくことで理解が深まっていき,社内でも理解が得やすくなっていくと聞いていますが,即効性はなくタイムラグがあるように感じています.そういう意味で,GPDBはとてもよくいと思います。GPDBに応募して掲載されたということは,社内でもすごいなという評価につながっているようです.GPDBは企業さんにとって,人間工学会の中でしっかりと評価されたということの証と捉えられています.デザインだとグッドデザインが有名で,認知されています。日本人間工学会のデータベースに載るということは,効果的だと思います.
松岡
兵庫県の繊維試験場の所長さんに会ったときに,CPEのことを知っており,平田さんが持っている資格だと仰っていたことが印象に残っています.
平田
CPEを取得した時に,センターのホームページに掲載してもらい,職員にも広く知られるようになりました.CPEを取ったことで,名刺に「認定人間工学専門家」と書けるようになったことは良いです.今までは機械システムグループという所属だけだったので機械系の人か,と思われがちでしたが,「認定人間工学専門家」と書いてあるので人間工学の担当ということを理解してもらえるようになり,人間工学の話もしやすくなりました.部署名だけでは自分の専門分野を理解してもらえないので,非常に役立っています.工業技術センターの職員にも知られたことで,ロボットやAIを専門とする職員ともプロジェクトを行えるようになってきました.
松岡
CPEにより仕事の幅が広がってきましたか?
平田
先日のCPEの紹介活動も含めて,学会発表等を積極的に行うようにしています.人間工学の相談は,人間工学等のキーワードで検索して,学会発表のタイトルや予稿を見て相談に来たというケースが多いです.ホームページに成果を掲載したり,学会発表をしたりすることは,公設試,工業技術センターの人間工学の分野では大事だと思っています.人間工学では装置を検索して相談に来るケースもありますが,それよりもwebで検索して,こういう研究を以前にやっていたようなので教えてください,という相談が多いです.人間工学会の2ページ分の予稿は役立っているように思います.東海支部研究大会で知りましたが,人間工学会誌も原著論文のほかに,事例の紹介や資料などの多くのカテゴリーができて,投稿しやすくなったと思います.今後は,投稿してみたいとも思っています.

松岡
現在の編集委員会の先生方が非常に頑張っていらっしゃいます.公設試の研究も資料や実践といったカテゴリーでどんどん投稿できるのではないかと思っています.お互いに頑張って投稿したいですね.
本日は,お忙しい中,色々なお話をお聞かせいただき,ありがとうございました.公設試のエースとして,引き続き,人間工学分野でのご活躍を期待しております.
資料

[ED-164 通学用子供カバン SPRINGLOBE™]

GPDBへ応募した製品は,産学共同研究の成果であり,かつ、中国で使われている製品である.企業の海外事業部に所属されている方が,中国でのニーズを調査して、日本のランドセルとは使われ方も構造も異なることを考慮して企画した製品である.

ユーザビリティ評価室:公設試験研究機関として,このような試験室を有していることは稀である.平田さん曰く,タイミングよく施設整備の際に提案できたとのことですが,平田さんのこれまでの実績が認知されてこその実現であろう.

松岡敏生
インタビューア:松岡敏生(まつおか としお)
三重県産業支援センター技術支援課長(取材時)。2024年4月から、三重県工業研究所研究管理監。博士(工学)。研究領域は繊維工学・感覚計測・福祉工学など。

山田クリス孝介
編集・校正:山田クリス孝介(やまだくりすこうすけ)
心理学(精神生理学、運動・スポーツ心理学)をバックグラウンドとして、心理社会的ストレス、医療・健康情報などに関する研究に従事。自治体との地域連携や人材育成についての教育・実践研究も行う。博士(工学)。

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