人間工学の果たすべき社会的役割・重要性
安全・安心・快適な社会の実現と人々の健康保持・増進のために
人間工学は、ヒトが仕事をするとき、最も適切で疲れることが少ない筋肉の使い方を科学的に追及することから始まりました。ヒトが重い荷物を運搬し、歩いて長い距離を移動する仕事もあります。動かないで同じ姿勢を続けることも、ヒトが疲れる要因となります。
人間工学的な工具・設備を使い、人間工学的視点で仕事に関連する身体的負担の軽減策を導入することで、腰痛などの筋骨格系疾患の防止や生産性向上のみならず、安全性の確保にも大きく貢献します。産業構造の変化に伴い、国内では第1次・2次産業の就業割合は減少の一途を辿っていますが、今日に至っても業務上疾病の約60%は災害性腰痛が占めています(厚生労働省「業務上疾病調」、2008)。人間工学の導入により、解決すべき多くの課題が残されています。
一方、1950年代以降から第3次産業従事者は急激に増加し、今日では就業者の約6割以上が第3次産業に携わっています。このようにめまぐるしい産業構造の変化に伴い、人間工学に対する時代の要請も変化してきました。最近では、人々が日常生活で眼や頭脳を酷使し、目の疲れや精神的なストレスなど多くの訴えがみられるようになりました。また航空機、自動車、制御室などに配置された表示装置や、出力を操作する道具や機器が不適切に設計されていると、重大事故や災害に結び付くことにもなります。このように、身体的負荷の高い単調労働から、コンピュータを用いた監視作業・VDT作業のような低負荷高拘束型の静的筋作業へと作業形態は変化してきています。労働場面における精神的作業負荷の対策に加え、生活場面においても3Dタイプの大型TVの普及、ユビキタス・インターフェイスなど、新効用の表示部・インターフェイスがますます普及しています。それら製品使用時における円滑なインタラクション(快適・効率的操作)の構築にとどまらず、人間・機械・環境との調和と共生のために人間工学は貢献しています。
すなわち、人々の安全・安心・快適・健康の保持・向上に貢献する実践科学であり、人間工学の対象となる領域は多岐にわたっています。
人間工学が扱う領域を体系的に整理したのが下記の図です。
拡大する人間工学の対象領域-システム人間工学モデル-
(前IEA会長D. Caple氏による、スライド資料 (Ergonomics Initiatives at an International Level, 2008)を基に改変)
人間工学が対象としている「人間」以外の「他の要素」には、“(a)作業・仕事(tasks)”、“(b)道具・機器(Tools/Equipment)”、“(c)モノ・作業場などの設計 (Design)”、“(d)物理環境(Environment)”、“(e)組織・マネジメント(Organizations)”、“(f)文化・慣習・法規(Culture/Laws)”などがあげられます。これら、“人間工学が扱う対象・要素(a)~(f)”と、“人間が社会生活を営む様々なライフシーン”を掛け合わせてみると、人間工学が対象としている領域を俯瞰する際に役立ちます。
例えば、労働場面においては、職務設計の適正化(a)、工具・機器類の安全設計と負担対策(b)、職場環境の安全衛生やワークステーション設計(c)、職場の暑熱・騒音・振動・有害物質対策(d)、適正な労働時間・休憩や交替勤務制(e)、組織文化・安全文化やリーダーシップ(f)など、様々な研究・実践が人間工学の対象となります。同じように、生活場面においては、少子高齢化社会を支えるための福祉機器設計やユニバーサルデザイン(b,c)、小学校児童の発育に対応した教室設備・環境デザイン(b,c,d)、また交通などの移動場面では、高齢者・障害者配慮型交通システム(b,c,d)、環境負荷軽減型交通システムへの人間工学応用(c,d)、ユニバーサルアクセスの公共交通基準作り(f)など、多くの社会ニーズ・課題解決に人間工学が貢献してきています。
さらに、通信・コミュニケーション場面では、情報化時代の要請に応じて、使いやすいソフトウエアの画面設計(b)、高齢者・障害者配慮のアクセシビリティ指針(f)など、高度化・多機能化がめまぐるしい情報化社会のデジタルディバイト解消に貢献しています。
安全・安心・快適な社会の実現と、人々の健康保持・増進のために。
あなたのすぐ身近で、人間工学は支えています。